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 ||| 正雪くんと刃物


ハッとして前を見れば、とても綺麗な整った顔が間近に在って。言葉を発する事も叶わず、互いの唇はゆっくりと重なった。
一体何が、どうして、こんな。
混乱する私を他所に、彼は私の手を力強く握って離さない。どうして、そう思い視線を手元に向ければ、わたしの手には、酷く鋭い短剣が握られていた。
「どう、いう」
 事なの。
何もかもがわからない。呆然と手元を見つめるわたしに、彼はただ少しだけ心配そうな声を漏らす。ひゅるひゅると奇妙な音を立てる喉に、じわりと恐怖が染みてゆく。
私は何をしようとしていたの。どうしてこんな物を持っているの。どうして貴方と、キスなんかしてしまったの。
頬を伝う涙に膨らむ不快感。泣き叫ぶことも逃げ出すことも叶わない。手の震えは、止まらない。
「私、貴方を殺そうと」
「いいえ、違います」
眉の下がった、悲しそうな表情を浮かべてそう告げる。どういう事なの、ならこの手の短剣は一体何。
どうしてこんな事になっているのか、貴方と二人きりなのか。この場所で一体、私は何をしようとしていたのか。
窓から溢れる光を受けて、その銀色の長髪がゆっくりと光る。まるで、わたしの罪を責め立てるように。


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