text | ナノ
 ||| ルキウスくんと夜


「まるで魔法だね」

微笑みながらそう言う彼女は、酷く儚げで美しくて。夜の星々に溶けて消えてしまいそうな彼女は、僕を見てただ笑う。
貴方の笑う理由を教えてはくださいませんか。そう思い縋った所で、何か変化があるわけではない。僕程度が何か動いても、彼女のような、権力者に虫けらの戯言は届かない。
魔法とは一体、何なのですか。
僕の気持ちを、彼女は何一つ知り得ない。僕でさえ理解できないこの気持ちを、僕は貴方に押し付けている。
無知な僕に教えてください、何もかも全てを。
星々が一番輝く時間帯、どっぷりと溶けた夜の闇に、金平糖を零したような空。
白いバルコニーに手をつき、窓際の僕を見て彼女は微笑み続ける。
何も知らない無知な僕が、彼女と、何故こんな場所にいるのか。それは僕自身にも理解できていなくて。
「こんな綺麗な夜はね、金平糖で鳩が釣れるんだよ」
「鳩、ですか」
「そうよ、鳩。綺麗でしょう」
透明な瓶に入った、多色な輝きを持つ金平糖。彼女が瓶を振ればカラカラと音はなり、お互いの体をぶつけ合っている
彼女の足元に置かれた白い鳥籠に、僕はたった今気が付いた。
「鳩を、捕まえたいのですか」
純粋な疑問。僕たち探索者の先導者ともあろうお方が、何故自らそんな事を。すぐ近くの――僕に一言言ってくだされば、その当日には元気な鳩をご用意出来るというのに。
彼女は、直属の側近である僕に何も言わず、その材料だけを、他者に用意させたのだ。
僕は、彼女が何を思いこんな事をしたのかが、理解できない。
我儘の許された立ち位置、願いなら何でも叶えられる権力、皆から愛される人望。何もかもを兼ね揃えた彼女の考えを、理解しようと言う方がおかしいだろうか。
それでも、僕は。
「どのような形であろうと、貴方のお言葉を一番に聞くのは、僕ではないのですか」
思わず出た、身分不相応な我儘。僕の言葉に、彼女はただ目を見開き呆然とする。
申し訳ございませんだとか、違うんですだとか、そういった弁解をしようにも、これは紛れもなく僕の本心で。取り繕いようもない、完全なる自己表現。
完全に、"やってしまった"。
「……ルキウス、貴方」
驚きか軽蔑か、彼女は薄い声で僕を呼ぶ。
身を硬くした僕は、逃げも隠れもできない状態。手すりから体を離し、僕の立つ窓際へ一歩一歩と歩き出す。
鳥籠の扉は中途半端に開き、金平糖の瓶はバルコニーに転がり、中身を周囲にばら撒いて。
素足の彼女が、僕の目の前に立ちはだかる。僕よりほんの少し低い程度の身長なので、必然的に僕は彼女を見下ろす体制になってしまい。
普段のように跪こうとすれば、「このままでいて」と釘を刺されてしまう。
「……僕を殺してください」
「嫌だよ、血生臭い」
「しかし、僕は貴方様に対して酷く思い上がった発言をしてしまいました」
「いいじゃない、私、そういうの好き」
優雅に微笑む彼女は、とても綺麗で。
バルコニーに散らばった金平糖が、僕の視界の端でキラキラと輝く。
彼女が僕に言わなかった物の象徴、まるで僕を咎めているような錯覚。足元に視線を落としても、彼女の肌色がどうしても視界に入り込んでくる。
「……僕が、良くないのです」
我ながら、面倒な男だ。


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