||| 煉獄騎士に縋る
(捧げ物)
ぱちりと瞬きをした先にいるのは、黒い鎧を纏った何者か。誰、などという声を上げる必要はないのだろう。私は恐らく、誰よりも彼を知っている。
「君が一番会いたがっていた人物に、会わせてあげよう」
白と茶色の髪をした彼が言った言葉。その言葉に間違いがなければ、彼は――。
「貴方は、どうしてここに居るの」
その名を呼ばずとも、存在は理解している。貴方はここに居るべき人じゃない、そう告げる為私はここに居る。
白い壁が目に眩しい、私と彼の面会の場として用意された一室。茶色いアンティーク調の机に置かれた一人分の紅茶は既に冷めてしまっていた。
触り心地の良いソファーから立ち上がり、その黒い鎧を真剣に見つめる。一瞬ながらも、綺麗などという場違いな感情を抱いてしまった。
「……」
「何か言って、お願い」
「…」
「貴方は、こんな所に居ちゃいけない」
その鎧に指を伸ばせば、ひんやりとした感覚が私の体に伝わった。中は、暖かいといいのだけれど。
縋り付く私に、彼は何も反応を返さない。言葉を発する事なく、動くこともなく、彼はどうして此処にいるんだろう。
ゆっくりと溢れ出した涙が私の邪魔をする。床に落ちた数滴、貴方の鎧に掠ったほんの一部、何もかも貴方のせいなのに。
帰ってきてほしい、その水色を見せて欲しい。赤色の瞳が、真っ直ぐ、見たい。
貴方は正義の味方なのに、あんなに優しかったのに、どうして?どうしてなの?
私はただ、それしか言えない。
「帰れ」
「タス、」
「今直ぐ帰るんだ」
その名前を拒絶するように言い放たれた言葉。
それは、貴方の為?それとも私の為?分からない、彼が何を考えているのか何一つ。
私は貴方を取り戻したい、それなのに、どうしてこんな事。
まさか、貴方は望んでここに居るとでも?
溢れる涙は止まることを忘れ、床へとほんの小さな水溜りを作る。
貴方は紛れもなく私の大切な龍炎寺タスクで、私の愛したただ一人の少年で。そんな鎧で隠せる程、貴方は小さい人ではない。
貴方はこんな事を、自ら望んでする人じゃないのに。
「貴方と一緒に帰らなくちゃ、意味がないのに」
「君が僕の、何を知っている」
「――たす、く」
「…私は煉獄騎士、お前のような者は知らない」
吐き出されたその言葉に、私は。
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