||| クロノくんの夢
(捧げ物)
「クロノ」
姉さんが俺を呼ぶ。その声の流れ、音、高さ、全部が好きだった。名前を呼ばれる事が、心地よかった。
太陽の中で微睡むような感覚。吹き付ける風が俺の髪と草花を揺らす。
遠くから香る花の香り、揺れる木々の、葉が擦れる音。すぐ側で、姉さんが俺を呼ぶ声。
「ねえ、クロノ」
何だよ、いま眠いのに。
そう寝返りを打てば、遠くに広がる青空が見える。雲ひとつない、見事な晴天だ。姉さんも、きっと喜ぶだろう。
ふわ、と一つ欠伸をして姉さんの方を向く。「どうしたんだよ」そう疑問をぶつければ、姉さんはいつものように笑った。
「なんでも、ない」
じゃあ一々呼ぶなって。拗ねた顔をすれば姉さんの笑う顔が視界に収まる。姉さんの笑う顔は、やっぱ一番好きだ。
少しだけ強く吹く風が、俺たち二人分の髪を揺らす。姉さんの長い髪から少しだけ香ったシャンプーに興奮したのは、秘密な。
「少し眠くなっちゃったね」
「俺も」
「……一緒に、寝よっか」
姉さんはそっと笑う。しかし、俺の好きな笑顔とはかけ離れた――?
いや、姉さんがそんな顔するはず無い。そう思い直して、俺は一つだけ瞬きをする。
ああ、いつもの笑顔だ。そうだ、姉さんが俺に悲しい顔する訳、ないだろ。
「クロノ」
「んだよ」
「お姉ちゃん少し寝るね」
真剣みを帯びた声。なんだよ、それ、そんな声聞いたことねえ。姉さん、どうしたんだよ。
「声、震えてんぞ」
かく言う俺も、なのだが。
俺たち二人の居る草原に、酷く大きな風が吹く。俺たちの髪が大きく揺れた。姉さんの長い髪はボサボサになっている。
変な髪、そう言って笑えたらどれ程良かったのか。
「クロノ」
「なんだよ」
乱暴な返事にも、姉さんは言葉を返してくれる。俺がどんなに不機嫌だろうと、凹んでいようと、必ず。
だからそう、今だって返事をしてくれる筈なんだ。自分から持ちかけた会話を、何も言わず勝手に終わらせるような人じゃない。
「なあ、姉さん」
「ごめんね、クロノ」
一滴、たった一滴だ。
俺の頬に零れた一滴が、涙だと気付くのに何秒掛かった?
ハッとして振り向いても、姉さんは何処にもいない。あの広い草原で、風の気持ちいい草原で、草花の良い香りがした、木々の音が心地よい、姉さんと俺の――。
「ねえ、さん、?」
その姿は跡形もなく、存在していたかすら危うく、まるで、嘘のような、そんな。そんな、そんな、そんな。
「そん、な」
「そん」
な?
あ、夢か。
カーテンの隙間から入り込む朝日で目が覚める。ぐ、と伸びをすれば欠伸と同時に眠気は少しづつ抜けていった。
今日は学校、帰ったらカードキャピタルでクエスト消化。それで、帰ったら姉さんと――。
あれ、俺に姉さんなんかいたっけ。
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