||| スクナヒコナ様と狐
(落ちない)
――お狐様の声が聞こえたら。
――直ぐにお逃げなさい。
――お前は、取って喰われてしまうからね。
かあ様の言葉を思い出す。
真剣な御顔で言われたこと。
幼いわたしは、ぼう、とそのお言葉を聞いていた。
何時もお優しいかあ様の、真剣な声。恐ろしさは感じずとも、ぴりぴりとしたその空気に、少しだけ涙を浮かべて。
「お前は良い子だから、私の言葉を忘れないでしょう」
そっと頭を撫でる手に、安心する暖かさを感じて、わたしは目を閉じる。
かあ様の子守唄、懐かしい、なあ。
ねんねころりよ、おころりよ。
「ぼうやは良い子だ、ねんねしな」
――誰の、声だろう。
「ぼうやのお守りは、どこへ行った」
あの山こえて、里へ。
「お前は本当に、よく眠るなあ」
……どこかで聞いたことある、声。
「……かあ、さま」
「ぼくはお前のかか様じゃないぞ」
その言葉に、ハッと意識を取り戻す。
わたしに覆い被さり笑うのは、わたしと同じくらいの歳の少年。
白と黒の髪、綺麗なまあるい琥珀色の瞳を持った、どこか面影のある――いいや、きっと気のせい。
「お前の目、綺麗だなあ」お腹空いちゃうよ。
ぽそりと呟かれた言葉に走る戦慄。彼を突き飛ばし逃げようとすれば、足元に転がる瓢箪に躓き逃げ道を失った。
「お前は馬鹿なんだなあ、何もしないのに」
「っや、やだ、やめて」
「ぼくの瓢箪が割れちゃうだろ。お前、思いきり腹をぶつけたんだから。身体は大事にしないと、赤ちゃん出来なくなっちゃうぞ」
後退りするわたしに、彼は頬を膨らませながら文句を言う。挫いた足と、打ち付けた腹が酷く痛んだ。
どうして、こんな事に。そもそも此処は?
「お前、何もしてないやつを疑うんだな。駄目だぞ、そういうの」
「ご、ごめん…なさい……」
「立てるか?」
「足、いたい」
「仕方ないなあ!」
満面の笑みを浮かべて、彼はわたしを持ち上げる。米俵のように担がれる様は何とも、女の子としてはすこし切ない。
「おまえ、軽いんだなあ。よかったよかった!」
何がよかったなのだろう。女の子に重い軽いを聞くだなんて、なんて失礼な。
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