||| クロノスコマンド様と巫女
鎧を纏った指で触れれば、傷がつけられるのは当然のこと。
人と変わらぬ柔らかい肌、薄く赤みの乗った唇、閉ざされた瞳、散らばる長い髪。一目見れば人間と思うであろう少女、しかし、その中身はとても"人間"とは称せぬ存在。
眠りについたそれが眼を開く事はない。
――今は、未だ。
一匹の巨大な竜は、自身の何分の一であろう小さな少女をただ見つめ続ける。愛おしそうにと称する事が正しいか否かは、当人以外知り得ぬ事。
リン、と鈴を転がすような金属音が鳴り響く。其れは、巨大竜の指先から奏でられる物だった。
頭から足の先までもを覆うのは、金色の鎧と巨大な"歯車"。金属が擦れる度、竜は苦しみに悶えた顔をする。その甲高くも美しい音が、全て元凶だ。
「我が娘」
何もない時空間へと、巨竜の声が鳴り響く。反響せず突き進むその声は、空間の遠くへ溶け込み、気付けば全てが"無"へと帰されてしまう。
美しいと称するに相応しい声だ。だがしかし、その声を以ってしても少女が目を覚ます事はない。
少女の意識は、深い深い底で目覚めを待っている。それを知りながらも、彼女が覚醒する事はなく。
幼い寝息を立て眠るその存在に、巨大竜はただ落胆する。
クロノスの名を持つ、時空を操る神にも等しい存在――クロノスコマンド・ドラゴン。
そして、巨大竜の見つめる先に存在する少女こそ、彼の愛する唯一の巫女――。
「ナマエよ、嗚呼」
その名を呼ぶのは、クロノスコマンドただ一人。
その名を呼ばれようと、巫女が目を覚ます事はない。
何故、ああ、私が何をしたと云ふのか。
慈悲深い瞳を持つ巨大竜に、ナマエが言葉を返す事は無く、寄せられたその指に縋ることも、一切無い。
「ナマエ……」
その名を呼ぶ度、クロノスコマンドの瞳には悲しみの色が滲み、溢れる。愛おしい者の名を呼ぶことは、嘸幸福な事だろう。だがしかし、言葉を返さない――言ってしまえば、死体と何も変わらぬ存在の名を呼んだところで、幸福など在る筈もなく。
目を覚まさない現実に俯けば、変わらない時空間をその目に映す事になる。
二人しか存在しない空間で、息をするのはただ一人。その目を開き世界を見るのは、ただ一人。
「実験などに、お前を巻き込むものでは無かったようだな」
自嘲気味に呟かれたその一言。その言葉こそが、彼の罪。
「此れ程愛しているというのに、何故目を覚まさないのだ。愛しい我が娘、ああ、お前だけが、私の――」
其れが懺悔なのか、後悔なのか、はたまた愛の言葉なのか。最後のそれに続けられる言葉は、一体何なのか。
巨大竜の言葉が止まる事はない。制止する者など何処にも居ない。
苦しみに苛まれる巨大竜が解放されるのは、恐らく――この世界が終わり、巫女と共に命を落とす時のみなのだろう。
巫女が目覚める事など、無いのだから。
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