||| クロノくんに謝る
「――っせえ、触んなよ!」
その言葉は誤魔化しだった。その言葉に、意図は無かった。
ただ俺はアイツに心配されるのが嫌だっただけで、アイツが悲しそうな顔をするのが嫌だっただけで、攻撃するつもりなんて微塵も無かったんだ。
心配そうに俺の名前を呼ぶアイツの顔が見たくなくて、突き放すような事を言った。
俺が離れればアイツは悲しい顔をしなくて済むって、そんな馬鹿みたいな考えを本気で信じたりして。
俺の為に涙を流すアイツが、見たくない。申し訳ない。ただ、謝りたい。そう思っても、実際に出るのは攻撃的な照れ隠しで、謝罪なんて一言も出来なくて。
なんで駄目なんだろう、って考えても答えなんて出るはずなくて、また同じことを繰り返す。
心配性のアイツは、俺がどんなに突き放しても俺のことを気に掛ける。俺は、ただそれに甘える最低な奴だった。
「クロノくん」
そうやって俺の名前を呼ぶお前が嫌いだった。そのトーンにただイライラした。恐る恐る、と称するのに相応しい弱々しい声。無理していると一目見て分かるような、曖昧な笑み。
怖いなら、面倒なら、関わるなよ。そう思って、ぐっと手に力を込めればびくりとその肩は簡単に揺れる。
そんな風にビビられたって、俺が傷付くだけなのに、なんでそうやって関わろうとするんだよ。
そうしてお互いに傷付くなら、最初から関わらなければ良かったんだ。
けどお前は、俺がどんなに突き放しても必ず此処に戻ってくる。どうして、そう思い悩んでも、お前は曖昧な笑みしか返さない。返せない。
「あのね」
アイツはいつでも、丁寧に言葉を選んでから俺に話しかけていた。俺を見かけたって、直ぐ話しかける事は絶対にない。
アイツはとても頭が良い。だから、俺はアイツの本心をなにも分かっちゃいない。
俺はアイツの事を知らなすぎた。今後悔してるのは、だからか?そのせいか?
考えても、どうにもならないのは十分に理解している、けれど。
あの日、普段と変わらない放課後の教室で俺に話しかけるアイツは酷く泣きそうな顔をしていた。ああ、またその顔か。そう思ってため息を吐けば、小さく声漏れた声が耳に入る。
「またかよ」
「ごめんね、本当は良くないと思ったんだけど」
「じゃあ、何で」
「一言だけ、言いたくて」
そう言って、アイツは俯いた。普段と変わりないこのやり取りに、俺は酷い違和感を覚えた記憶がある。
夕日を吸い込んで色付くアイツの髪に触れようとして、俺は一瞬手を伸ばす。ハッとして手を引っ込めたが、アイツが顔を上げる事は無かった。
「何迷ってんだ」
言いたい事、あるんたろ。
意図せずイライラした口調になってしまい、俺は少しだけ気不味い顔をする。謝罪をするにも、上手い言葉は見つからない。
肩を震わせたアイツに罪悪感がどうしようもない程募るが、それをどうにか出来るほど俺は賢くない。
「言って、いいのかな」
「どうせ俺に関係ねえんだろ」
「……そう、かもしれない」
「じゃあ勝手に言っとけ。聞き流してやるから」
「……そう、だよね」
そう言って顔を上げたアイツの表情は、俺の大嫌いなそれで。
下がった眉、無理やり形を作る口元。泣きそう、と
称するのに相応しいその表情。
眉をひそめる俺に、アイツは何も言わない。
何を求めているのか、何一つ、分からない。
覚悟を決めたようにも見えるその顔で、アイツはただ一言だけ俺に告げる。
その時間が酷く長くて、処刑を待つ囚人のような錯覚を覚える。
発せられたその言葉の意味に、俺が気付いたのは。
「いままでありがとう、ごめんなさい」
アイツが居なくなったと告げられた、次の日の朝だった。
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