||| ルキウスくんと虐められっ子
(落ちない)
新たに選定された先導者は、とても可哀想な人だった。
同情しているわけじゃない。同じ痛みを味わっているわけでもない。それでも、出てくる言葉は可哀想の一言だ。
守護龍様によって選ばれた、一人の少女。僕は彼女を迎えに行く命を与えられた。
選ばれた先導者へ、クレイとの繋がりを持たせるのが僕たちグレード0の役割。霊体と化したその身体をお守りし、国家を背負う上位騎士の元へとお連れするのが仕事だ。
地球へと直接向かうわけではない。カードとなった僕の半身が、意識が、彼女と出会えば目的の大部分は完了したと言ってもいい。
だから僕は、彼女と出会うために他者を利用したのだ。名も知らぬ少年――名付けるならば、モブA――を。
「君はいいね」
――マイヴァンガード。
「知ろうと努力できるんだ」
――聞こえますか、マイヴァンガード。
「羨ましい」
――そんな悲しそうな顔を、しないでください。
彼女との接触を終えた後、僕はクレイに意識を戻す。守護龍様の力の恩恵を最も受けやすいこの神殿は、地球に降り立ち先導者と接触する為の効率が非常に良い。
息を吐いて俯けば、僕の声は神殿に木霊する。
いまこの場には、誰も存在しないのだ。異空間にて世界を見続ける、守護龍様以外は。
「――何故、彼女を選ばれたのですか」
「……お前は、見たでしょう」
「何をでしょう」
「あの子の、眼です」
姿を見せることなく語り掛ける守護龍様に、疑問など一切抱かず僕はただ頷いた。声が聞こえるのなら、姿など必要ない。僕自身もそうして彼女に接触したのだから。
無闇な干渉によって、彼女の心を踏み荒らすのは得策ではない。僕が地球に降り立ったとしても、恐らく彼女はただ拒絶するだけだろう。
今回の接触の形式は僕の意志であり、彼女の為でもある。
救いの手を差し伸べるのなら、互いの合意がなければならない。その言葉を教えてくださったのは、紛れもない守護龍様自身だった。
ソウルセイバー様が何を感じ、何を思い、何に苦しんで彼女を先導者に選んだのか、僕は何一つ知り得ない。
其処にあるのが同情なのか、愛なのか、はたまた憎しみなのか。それを僕が知る必要は、恐らく無いのだろう。
「あの眼が、どうかされたのですか」
「何も感じませんか」
「……強いて言うならば、憐れだと」
「お前はあの子を憐れと思いましたか」
「申し訳ございません、僕はそうとしか」
「責めている訳ではありません。ただ」
「ただ」
「……ただ、お前を地球へ向かわせたのは正解だったと、そう思ったのです」
正解、という言葉に僕は反応を示せなかった。何が正解で何が不正解か、それは僕たちクレイの住民でなく彼女が決めること。
人間とは脆い。けれど、彼らはその脆さには似合わない不屈の力強さを備えている。僕たちクレイの戦士たちは、その力を借りて自らの国と星を守り続けるのだ。
だがしかし、失礼を承知で言葉にするが、どうも彼女にその力強さは感じられない。彼女は、自らの環境を甘んじて受け入れ、嘆くこともなくただ俯き立ち止まったままなのだ。
抗わない人間が、訴えない人間が、前を向かない人間が何故僕たち戦士を導く為の者――先導者――に選ばれたのか。僕は、どうも其処が腑に落ちず理解できなかった。
「……彼女は、先導者に相応しくないと思います」
「それを決めるのはお前ではなく私だ」
「出過ぎた事を言いました」
「いいえ、構いません。それより、お前が何故そう思ったのか聞かせなさい」
「彼女は脆すぎるかと思い」
「承知の上です」
「ならば何故」
「あの子は、地球にいるべき存在ではない」
「彼女は人間であり地球人です」
僕の当然の反応に、守護龍のため息が耳を通り抜けた。失礼は承知だ、だがそうでもしなければ守護龍は本当のことを話そうとしないだろう。
僕は所詮下位の騎士、伝言ゲームが間違って伝わる原理と同じく、様々なものを仲介すれば事実は少しづつ捻じ曲げられてゆく。
真実は、その根本から聞き出すべき。
ひゅおお、と大きく風が吹けば僕の髪はゆらりと揺れる。何処から吹く風か、そんな疑問を抱く必要などない。強大な力を持った守護龍が、すぐ側にいるのだから。
「お前なら、良いと思ったのですが」
「守護龍様が何をお考えなのか、僕には理解できません」
「しようと思ったのか」
「烏滸がましいとお思いですか」
「ええ。だがしかし、それでこそあの子に相応しいものです」
「……相応しいか否かを判断するのは我々でなく」
「あの子だと、そう言うのだろう」
「……はい」
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