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 ||| シオンくんと許婚


僕は彼女を名前で呼ばない。彼女も僕を名前で呼ばない。
僕たちは所謂許婚という関係。それは、両親によって決められたある種の契約だ。
綺場と苗字、大体交流を持ち続けた両家は、僕たちの代で一つに交わる。…と、大人は思っているのだろう。
苗字ナマエ、僕の婚約者。そして、僕の好きな人。
彼女の口から、僕の名前が紡がれたことは一度もない。そして僕も、彼女の名を紡ぐことは一度もない。
今までも、そしてこれからも恐らくそうなのだろう。
僕は彼女が好きだ、けれど、彼女は僕を好いてはいない。
好きでもない人に名前で呼ばれるのは、嬉しいことではないだろう。僕は嬉しいけれど、彼女が僕と同じ思考をしているとは限らない。だから、そういう結論に僕は至った。
「綺場さん」
その綺麗な口が紡ぐのは、家の名前。彼女が見ているのは僕ではなく、僕の家。
その膝まで伸びた長い髪は、僕が触れる事を許さない。

「おはようございます」
「おはよう、苗字さん」

そうして僕は、また今日も臆病なまま一日を始める。


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