||| グウィードくんに壁ドンされる
(落ちない)
壁際に追い込まれるというシチュエーションは、女の子なら誰でも憧れると思います。それも、好きな人にされるのなら尚更。
俗語を用いて称するなら、壁ドンなう。これって使い方はあってるのかな、わたしどうも世間知らずらしいので、正解か不正解かよく分かっていません。
身長は、グウィードさんよりわたしの方が小さいから、当然上から覗き込まれる形になって。
怖い、というよりはただ疑問が浮かぶと言うべきなのでしょうか。
どうかしましたか、なんて質問しても、返ってくるのは無言のみ。心なしか、目付きが鋭くなった気がしてとっても怖いです。
睨まれるのは、少し苦手だから。
「あ、あの、わたし何か」
「黙っててください」
そして訪れるのは沈黙のみ。この重苦しい沈黙がとっても苦しいです。すぐそこで、沈黙の名を与えられた騎士が駆け抜けて行きました。あの人は何をしてるのかな、ちーっすとご挨拶するべきでしょうか。
比較的人通りの少ない廊下。先ほど通り抜けたギャラティンさん以外、この場所を通る人は今のところゼロ。
相手の目的がわからない以上、今のわたしはどうすることも出来ないまま。困った、わたしこの後先生にお話聞こうと思ってたんですけれど。
口の端を歪めて眉を下げれば、睨む力がまた増しました。ましまし。怖いです。
「ご、ごめんなさい。わたし、何かしましたか」
そうやって意味もなく謝罪をすれば、「何もしてないですよ」なんて普通の言葉が返されました。何もしてないのに、わたしなんでこんな状態になっているんでしょう。
まさに蛇に睨まれた蛙。動けないわけではないけれど、体制的にはとても動ける状況ではないのです。
左右にはグウィードさんの手、というより腕が。下、というより私の足の間にはグウィードさんの足が。そして、顔を上げてすぐ目の前には、グウィードさんの綺麗なお顔が。
女の子の夢というのは、なかなか恥ずかしいものだと思います。すぐ近くに女の子顔負けの綺麗なお顔があればドキドキ以前に慌ててしまいますよ。一般人なら、誰でもそうだと思います。
……女性とはいえ、青炎の騎士が一般なんていうのは烏滸がましいですか、そうですか。ごめんなさい。けど恥ずかしいです。
「……」
「あの、グウィードさ」
「黙って」
「ご、ごめんなさい」
「……」
「……」
そうして訪れる沈黙。この空気はどうしても苦手です。
今度は逆方向にギャラティンさんが走って行きました。あの人は何をしているんでしょう。ギャラティンさん、ちーっす!
音もなく立ち去ったギャラティンさんを忘れて、わたしは再び下を向きます。だって上向くの恥ずかしいですし、仕方ない。下は下でアレな部分に目がいくのですが、ええと、わたしはどうしたら良いんでしょう。
ただただ無言が痛いです、心と身体に刺さります。こういう時、カレティクスさんの空気の読めなさが恋しくなります。
先生へ助けを求めようにも、何処にいるかわかりませんし……普段一緒にいるころながるちゃんは、自分のお仕事で只今不在。隊長は、昨日伺った限りだと今日は一日中会議の様子。エルドルさんは…戦力外。エルキアさんはお茶会だと仰っていました。今日の青炎騎士団はお暇です。なんてこと。
この状態になってから、どれ位時間が経過したのでしょう。もはや考えるのも辛くなってきました。
指をもじもじさせていますが、正直やることがありません。グウィードさん、いつになったら解放してくれるんでしょうか。解放者が捕まるとはなんというか、奇妙なお話です。
「――ナマエさん」
「へ、あ、はい!」
「少し、良いですか」
「は、はい!どうぞ!…ってあれ、主語は…」
「じゃあ遠慮なく」
「ふえ、あの」
一体なにを。という、当然の疑問を口にすることは、出来ませんでした。
片手でわたしの顎を持ち上げて、その綺麗なお顔を近付けて。その行為、称するならばまさに口吸い。というか、キス。
わたしの疑問はグウィードさんの口の中に吸い込まれて、溶けて、消えてしまうのです。
良いですか、と、確かに質問はされました。ですがこれは一体?何故?そう思って肩を押しても、所詮は男女の力の差。ビクともしないその身体に、少しだけ恐怖を抱きました。
一向に唇は離れず、段々と息苦しくなっていきます。けれど肺活量の差なのでしょうか、グウィードさんは一切唇を離そうとしません。それどころか彼、気持ち良さそうに目を瞑っていらっしゃいます。鬼畜です。わたしこんなに苦しんでるのに。
言葉を発せず苦しいまま、動くことも出来ずに、わたしは少しづつ身体の力が抜けるのを感じました。ああ、だめ、もう限界……。
「……大丈夫ですか」
「だ、だいじょばない……です」
「初めてでしたか」
「はじめて、です」
「恥ずかしかったですか」
「と、とっても」
「気持ちよかったですか」
「き、き、ききき気持ちよかっただなんてそんな、感じる余裕!」
「じゃあもう一度しましょうか」
「な、なっ」
「冗談です。流石に師匠に怒られますから」
そう言って、グウィードさんはぱっとわたしから離れてしまいました。い、いえ、離れてしまった、は可笑しいです。離れました。そうです、名残惜しくなんかありませんから。
少し近寄りがたい雰囲気を漂わせるその姿は、普段の姿となにも変わりません。変わらない、筈なんです…けれど。
「何で、こんな事したんですか」そんな純粋な疑問を小声で呟けば、「何故でしょうね」とそのままを返されてしまいました。質問を答えで返さないあたり、流石師弟だと思います。先生もよく似た反応を返しますから。
俯いて、きゅっと自分の身体を抱き締めれば、私たちは互いに無言になってしまいました。言葉を交わすにも、なんというか…こう、恥ずかしさ故か上手に話が切り出せません。
「……」
「……」
「………不快だったら、どうぞ殴ってください」
「な、なぐっ」
「ほぼ無理やりでしたし、権利はありますよ」
「そ、そんな、暴力なんて」
「じゃあ直球でいきますが、貴方は処女奪われてもその反応をするんですか」
「しょ、しょ!?」
「キス、初めてだったんでしょう?」
有無を言わせない、大きな声。その声に思わず顔をあげれば、気まずそうな顔をするグウィードさんが視界に収まりました。
俯いてしまって、私の顔を見てくれない。
抱いた感情は、ただ寂しいというものだけ。
「そうやって初めて奪われて、貴方それで良いんですか。俺がこのまま歯止め効かなくなったら、貴方どうやって逃げるつもりなんです」
「そんな、わたし」
「逃げないとか兄弟子だからとか、前から思ってましたけど、貴方ただの馬鹿ですよね。そうやって俺に強姦されても、許すんでしょう?俺は悪くない、自分が悪かったって」
「そんなの、当然で」
「当然じゃないんですよ!いつになったら――」
顔を上げたグウィードさんが、ハッとして私を見ました。ああ、罪悪感に飲み込まれた、酷く悲しそうな顔。
その顔の原因は、私以外に存在しない。
「――すみません」
そう言って、立ち去ろうとするグウィードさんの服をきゅっと掴みました。行かないで、その気持ちを言葉にせず、行動で示す。
びくりと身体を震わせたグウィードさんに、少しだけ安堵したのは秘密のこと。
「……いかないで、ください」
相手の顔を見てゆっくりと言葉を発すれば、グウィードさんの身体からゆっくり力が抜けました。よかった、私の気持ちはどうにか伝わった様子。
涙こそ出ないものの、わたしは今にも泣きそうな顔で。わたし、少なくとも嫌ではなかった筈なのに、どうしてこんな事になってしまったんでしょう。
ごめんなさい。何度目か分からない謝罪を口にすれば、ゆっくりとわたしの頭は撫でられました。
「……俺、変なこと言いました」
「……グウィードさん、変でした」
「すみません、その」
「その」
「……多分、興奮とかしてたんだと思います」
「……こうふん?」
「ナマエさんが珍しく一人でしたし、師匠も居ませんし、人通りの少ない場所歩いてたら、その」
「……その」
「………つい」
「…ついで済んだら騎士いらないと思います」
「……御尤もです」
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