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 ||| ルキウスくんと宝石


ころ、と転がる赤色。ぱちりと瞬きをしたのは僕。
何時もと変わらない表情で、僕を見つめる先導者。
白い大理石で作られた机の上に転がされた、瞳程の大きさをした赤の宝石。数は、片手で数えられる程度。
美しくカットされたそのシルエットは、宝石に詳しくない僕でも凄い技術だと見て分かる。
その名前は一切分からないが、恐らく相当高価なものなのだろ。
うっすらと口角の上がった唇の動きを追えば、先導者が笑っているのだと直ぐに分かる。
僕にこの石を見せた理由は何なのか。それを聞こうと口を開けば、僕の口内へと赤の宝石が一つだけ詰め込まれた。

「………これは、食べられるものですか」
「ううん、食べれないよ。食べたかったら食べてもいいけど」
「…遠慮しておきます」
「そっか」
「何故、これを」
「ルキウスの眼に似てたから」
「僕はこんな色をしているのですか」
「違ったかな」
「いえ、あまりに美しいので」
――これは、僕に釣り合わないかと。

そう続ければ、先導者は驚いたように目を見開く。
僕は変なことを言っただろうか。これは謙遜などでなく本心だ、こんな高価そうな石と同じにされては石の価値が下がってしまう。
僕は自分を着飾る言葉を知らない。自分に相応しい表現が分からない。それは学ばないからでなく、まだ見つからないから。
自分自身を知り、それを理解する。自若の名を与えれた探索者である僕は、世界と自分を知る必要がある。
だかこそ僕は言葉にした、その宝石は僕に釣り合わないと。
先導者の言葉を否定して申し訳ない気持ちはあるが、まだ僕はその宝石に相応しい人間に成れていないのだ。そう、いつか貴方の言葉に相応しい人に成る為僕はそう答えた。
の、だけれど。

「この石、嫌いかな」
「いえ」
「スピネルっていうんだ」
「そうなのですか」
「綺麗でしょ」
「はい」
「……その石、食べられたりしないかなあ」
「……お望みならば、飲み込みますが」
「飲み込んだら、消化されちゃう?」
「どうでしょう、前例がないので」

口内のスピネルを下で転がせば、喉を圧迫する感覚が強くなる。
喋れない程の大きさではないが、飲み込むとなれば一苦労だろう。僕は宝石を噛み砕ける程力強い生物ではない。
心なしか表情を曇らせた先導者に、僕は言葉をかけられない。未熟故か無知故か、ただ純粋にかける言葉を知らないのだ。
俯いた影から見える、僕と違う色をしたその瞳。僕は宝石など微塵も知らないが、その美しさはどれ程高価な宝石よりも価値があるのだろう。
先導者、僕たち兵を導く、ある種では神とも称するべき存在。
そんな彼女に、僕はただ。

「この石ね、守護竜様にお願いして貰ったの」
「ソウルセイバー様に、ですか」
「そう。大切な人にあげたいの、って言ったら」
「……大切な」
「この色も、形も、大きさも、全部守護竜様が選んでくれたんだよ」
「……」
「……謙遜するなとは言わない、それがルキウスらしさでもあるから」
「…僕、らしさ」
「そう、ルキウス自身。だから早く、そのレッドスピネルに相応しい人間だって言えるようになってほしいの」

これは、ルキウスの為じゃなくて私の為にね。
そう言葉を付け足して、先導者は悪戯が成功した子供のように笑う。
僕の為に選ばれた石、僕らしさ、先導者の……。
そこまで考えて、僕は思考を停止させる。先導者の、大切な、人。いやまさか、僕が。
反応のない僕を訝しんだ先導者が、僕の膨らんだ頬をそっとつつく。空気が入っているわけではないので萎みこそしないが、口内に詰め込まれたままのスピネルはコロリと反対側へ移動してしまった。

「………マイ、ヴァンガード」
「ん、どうかした?」
「マイヴァンガードの、大切な」
「うん、大切」
「……少し恥ずかしいです」
「だろうね」
「この石を飲み込めば、僕は貴方に相応しい人間へなれるでしょうか」
「流石にそれは無理だと思うよ」
「……ですよね」


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