text | ナノ
 ||| アグロヴァルと鳩


撃ち捨てられた鳩を見た。

遠い何処かの曖昧な夢の中、ぼんやりとした目覚めと眠りの曖昧な境目。
遠くに見えるのは赤色に染まった鳩、誰がこんな事をしたのかなど理解しようにも無理がある。
黒に染まった地面は、太陽の光が登るにも限らず私の足元を染め続ける。
――此処はどこ、私は何を。
意識が覚醒した途端、私の世界は明るくなる。
自分に与えられた部屋と、清潔な白いベッド。赤色に濡れた鳩は、何処にも居なかった。

「……ゆめ?」
「だろうな、随分気持ち良さそうに寝てたし」
「……どうして、アグロヴァルが…ここに……」
「寝呆けてる?此処僕の部屋」

むに、と頬を抓まれる。この脱力した感覚は随分と久しぶりだ、とても安心する。
此方の世界に呼び出されてから、常に気を張っていなければならなかったし…そもそも、こうして二人きりになる機会もなかったから特に気が抜けてしまうのだろう。
頬を抓まれたままにへ、と笑えばアグロヴァルものんびり笑い返してくれる。彼の笑顔もまた久しぶりだ。
「眠い?」「なんとなく」「寝てていいよ」
前の世界なら、ごく当たり前に行っていたやり取り。こんな普通の会話が愛しいと感じるのは、やはり自身を異端と感じる故の心細さか。
帰りたいなあ、なんて少しだけ考えれば私の手はゆっくりと握られる。装甲を見にまとっていない楽な格好、彼の白い指も直接感じられる。
「ちゃんと男の子の指だ」
そう言ってゆっくり指を滑らせれば、私の手は彼に握りしめられてしまった。

「寝呆けてるでしょ、寝て」
「嫌よ、勿体無い」
「僕が保たないからやめて…無理……」
「どうして?」
「素直に言うと、禁欲に疲れた」

そう言って、顔を両手で覆ってしまう。離された私の手は空を掴んで、少しだけ不満が募った。
白いベッドに横たわったままの私と、淵に肘を乗せて溜息を吐く彼。一緒にベッドで寝てしまえば良いのに、なんて我儘を言ったら怒られてしまうだろうか。
恥ずかしい人、けどそういうところも可愛いと思う。
一つ一つの仕草が子供のようなのだ。頬を膨らませたり、顔を覆ったり、満面の笑みを浮かべたり。
「貴方のそういった顔、久しぶりに見た」
そう言って、空いた手を彼の手にそっと重ねる。指鎧を着けていない彼の手は、普段以上に細く見えた。
無言を突き通すアグロヴァルと、ただ彼の指を撫で続ける私。何も知らない人が見れば、非常に奇妙な状況だ。
だがしかし、私達にとってはとても安心する空間でもある。元の時代でも、よくこうして二人休んだもの。そこにパーシヴァルやグウィードが来て、なんてことも珍しくはなかったのだ。
そう、未知なる存在との戦争のない、あの時代は。

「……変ね、未来の方がずっと平和だと思ったのに」
「改変されたんだよ。〈彼〉さえ戻れば、きっと」
「……私、さっき鳩が死んでしまう夢を見たの」

――鳩って、平和の象徴なんですって。

そう沈んだ声で続ければ、彼はそっと私の頭を撫でてくれる。
平和の象徴である、鳩が死ぬ。直訳すれば、平和が壊れる暗示となる。
震える声で謝罪をすれば、「大丈夫」と私の欲しい言葉だけが帰ってくる。
貴方はどうしてそこまで理解してくれるのだろう。私が貴方の救いになることはないのに、貴方は私を助けてくれる。
ごめんなさい、変な事を言って。
短い謝罪に、幾つもの意味を込めて言葉を発する。ごめんなさい、その単語は何度言っても足りない程。

「それは夢だ、予言じゃない」
「……そう、よね」
「大丈夫、僕たちが必ず〈彼〉を取り戻す」
「……ええ」
「奴らの、リンクジョーカーの手から世界を解放する」

僕たちは、その為に呼ばれたんだ。


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