||| 伴星に迎えられる
何かに追われている。それに気付いたのは、ほんの数歩前の事。
じわりと汗の滲む感覚、早足で歩いても切れない気配。気配はある筈なのに、一切聞こえない人の足音。
確実に追ってくるそれは、間違いなく人間ではない。
一体これは何なのだろう、それを考えたところで何か思い当たる節があるわけではない。
今の私にできる事は、ただ逃げることのみ。
――ただカードショップから帰るだけなのに、一体どうしてこんな目に遭うの。
カードファイトが楽しい故につい時間を忘れ、帰る時間を先延ばしした過去の自分を必死で恨む。ああ、自分はなんて馬鹿なんだ。
早足に自宅へ向かう私を、後ろの気配の主はただ追い続ける。互いに声など発することはない。
ああ、もしもこれで私の落し物を届けようとする親切な人だったらどれほど良いことか。そうは思っても、一切聞こえぬ足音にその希望は打ち砕かれる。
恐ろしい、ただ何も言わぬその気配が恐ろしくて仕方が無い。私は何に追われているんだろう、そう思っても後ろを振り向く勇気などあるわけがない。
ああ、誰か私の腕を引いてくれたら、助けてくれたら、そんな叶う筈のない願いばかり抱いてしまう。
一歩、一歩と前へ進んでも自宅へ至る曲がり角は見えてこない。一体どうして!
私はいま何処を歩いているのか、それすらも分からなくなっている。その角を曲がれば自宅の灯りが見えるのだろうか、両親の待つ家へと帰れるのだろうか。
ああ、早く、早く帰りたい、早く!
一歩、一歩と近付く曲がり角。街灯のない薄暗い場所に、一人の男性が佇んでいた。
「――邪魔だ」
あ、と声を出す前に、私は力強く腕を引かれる。私の望んだ救世主が、誰かが私を助けてくれた?
そのまま見知らぬ彼の胸に収まれば、腕を引いたその腕は私の肩に置かれ抱き締められる。一体何が起きたというのか、私には何一つ理解出来ない。
ただ分かるとすれば、この状況が女性としては大変まずいということのみ。
「根絶者、貴様先導者に何をした」
「キヒ、ギ、ギヒヒヒッ!」
「答える気は無いか、ならば貴様は用済みだ」
そのやり取りを聞き、私は全身の力を抜く。直ぐ後ろで聞こえた鈍い破裂音は、溜息と重なりそれほど鮮明には聞こえない。
安心したようにゆっくりと顔をあげれば、救世主となった彼の姿がはっきりと視界に収まる。
私はここで始めて、救世主となった彼の顔を見ることになった。
すみれ色の髪に、顔の半分を覆ったマスク。空いた片手に持つのは、十字を模した大きな剣。
……人じゃ、ない?
まさか。だってこうして触れる手は、きちんと人間と同じよう体温があり血液も存在する、そうだ、彼だって私と同じ人間の筈。
人間じゃない生き物に追われて人間じゃない生き物に助けられる、なんて頭のおかしい話。
この世界は普通の世界なんだ、そんなの、ある筈がない。
ぽたり、と液体の滴る十字の剣に小さく身体を震わせれば、私の身体はより強い力で抱き締められる。
驚きで再び顔をあげれば、きゅっと口元を結んだ救世主の姿。
そのまま一つ瞬きをした瞬間、彼は私の目の前で跪く体制へと変わっていた。
「大変申し訳ございません、マイヴァンガード。私の到着が遅れたばかりに、貴方様へと大変なご迷惑をおかけしました」
「あの、あなたは、なんで跪いたりして」
「私は、伴星の名を頂いた星輝兵、フォトンと申します」
「すたあ、べいだあ?」
「我がリンクジョーカーの先導者、貴方様をお迎えに上がりました」
恍惚とした表情でそう語る彼、フォトンに私は言葉が返せない。迎え?先導者?一体、何がどうなっているの。
知らぬ間に飲み込んだ固唾は、私の体内へ溶けて消えてしまった。
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