||| グウィードくんと口付け
(「貴方と、キスがしたいです」
「いいですよ」
「……」
「……いいですよ?」
思考を停止して、ゆっくりと瞬きをする。
キス、接吻、口吸い、チュー、まあ呼び方こそ多種あれど口付け。唇同士を重ね合わせる所謂あれだ、大人の階段。
普段と変わらぬ微笑みの彼女が何を考えているかさっぱりわからない。いや、分からない方が良いのだろうか。
ニコニコと擬音がつきそうなその微笑み、恐怖を感じるなという方が難しい。
俺は一介の騎士で、彼女は貴族のお嬢様というこの立場の差。冷静に考えて駄目だろ、結構真面目に俺は何を言ったんだ。
ハッとして顔を青くしたのも一瞬。謝罪の言葉を発したのもまた一瞬。
「キス、しましょう」
俺の失態は、熱を含んだその言葉によって全て溶かされてしまった。
「あの、えと」
「しないのですか?」
「いや、その、立場とか」
「この場には私達以外誰も居ませんよ?変な事を気にするのですね」
「変な事と言いますか当然の事と言いますか…」
焦る俺を他所に、彼女は優雅な微笑みを浮かべたまま。
こういう状況は男性がリードするべきではないのか、何故俺が焦っている。
貴族のお嬢様と平凡な騎士、物語の中ならば嘸かし素敵な物だろう。だがしかし俺たちが今生きているのは現実で、嫁入り前のお嬢様に手を出したとなれば裁かれてもおかしくはない。
星輝大戦を経て、自分の時代に戻った俺たちに与えられたのは何時もと変わらない仕事のみ。
彼女の顔を見るのだって俺にとっては久々で、好きで、なんというか……以前から持っていた恋心が抑えられなかったのだ、恐らく。
だがしかし、青炎の騎士が法で裁かれるとなれば騎士団の名に傷が付く。
俺たちが呼び出された時代より、ずっと厳しいこの時代。頭の固い貴族は多く、未だ双方の衝突は絶えないまま。
彼女の属する御家は互いを認める寛容な一族だが、騒ぎを起こせばどうなるかなど…直ぐに察することができる。
「誰も見ていないのに、気にする事などありませんよ」
「……俺から言い出した事ですが、申し訳ございません。そのお言葉は」
「どうか、ご自分の発言に責任を持って?」
「……貴方の性格も大概ですね」
「仕方がありませんよ、私も欲望に忠実な女性です」
そう言って、彼女は赤い舌をちろりと見せる。
上流階級の女性がはしたない、なんて講師のような咎めの言葉は場に飲まれ消えてしまう。
年頃の男女が二人、俺に関しては恋慕の情を持っているのだ。野暮な言葉が入り込む隙などありはしない。
どろりと蕩ける、熱を持った視線が絡む。
その唇へ触れる為、どれほど時間が掛かっただろう。初めて彼女を見たあの日から抱き続けた欲望が今日やっと、叶えられるのだ。
俺の手は彼女の頭部へ、彼女の手は俺の首へ。
貴族の嗜みとして最低限の化粧はされているものの、その顔は素肌と大差ない。土台から美しいのだから、化粧など余分でしかないだろう。恐らく、世話係も同じ事を考えたに違いない。
目を閉じて、一つまた一つと距離を縮める。乱れる呼吸と高鳴る心臓に脳が麻痺して、今にも倒れそうな程。
罰せられる覚悟を決めて、意を決して、赤く色付いた唇へ自身の唇を押し付ける。……ムードなどを考えると、もう少しゆっくり行うべきだっただろうか。そうは思っても、その唇を離すことなど出来はしない。
ふ、と短く吐き出される吐息にまた一つ胸が高鳴る。
その唇を貪り、じっくりと溶かしてから互いの唇は離された。
ゆっくりと目を開ければ、とろりとした瞳の彼女。足りないとでも言うような、その表情。
「……足りません、か」
「当然です。私、この程度で満足できる程お淑やかではなくなってしまいましたもの」
「俺のせいですか」
「当然です、責任はとっていただかないと」
唾液に濡れた唇が、つんと尖らされる。
乱れた呼吸をなおす為開かれた口内からは赤い舌がちらりと覗き、俺の心は再び掻き乱される。
それは狙ってやっているのか、そう問いたくなる程微妙な一線。
俺だって男だ、好意を抱く女性がこんなことになっていたら興奮しないわけがない。
左手は後頭部へと、右手は彼女の顎へと。堪え性がないのは男所帯の青炎出身、ある意味では仕方のないこと。
余裕そうに微笑むその顔、乱れた姿はどれ程美しいのだろう。
自らの立場すら何もかも忘れ、目の前の彼女を貪ることのみ考える。
噛み付くようにその唇へと再び寄せれば、開かれた口内へと俺の舌は吸い込まれていった。
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