||| テオの為正義の犠牲になる
貴様は俺の作戦に支障をきたす非常に厄介な存在であり邪魔な物である。貴様など生命体として扱うまでも無い、物で十分だ。
武器にもならず兵としても並以下、そんな存在を俺が気に留める理由がどこにある?
必要とされたいのならばその分努力をしろ、役を持ちたいのならばその役に相応しい人間となれ。
我がアクアフォースに役のない者など存在しないのだ、其れなのに何故貴様は何一つ与えられない?貴様は本当に存在しているのか?貴様のような雑魚、居ても居なくても何一つ変化ないのだと思い知ったか。
所詮邪魔なのだ。戦闘も出来ない雑用も出来ない貴様のような役立たずを、今まで使ったやった恩を忘れるな。
その恩に報いる為、今此処で貴様は俺の為に死ぬ。最高の恩返しじゃないか、無能にも出来ることはあるのだと証明して見せろ。
ふむ、今日は波が高いな。一匹のアクアロイドが海に混ざった所で何も変化などないだろう。
何だ、今更恐れるか?其れとも死ぬ事を拒絶し一から自身の存在を作り直すか。やり直しがきくのもアクアロイド、俺はそれでも構わないぞ。
――嫌か。貴様は悉く俺の提案を拒絶するな。まさか貴様死にたくないなどと言うか?その事実を拒否する権利など貴様には与えられていないぞ。
「やめて、ください」
「貴様の話を聞く義理はない」
「どうして、こんな」
「どうして、だと?貴様それは本気で言っているのか。自らの行いすら思い出せないのか」
「そんな、わたし」
ぼろぼろと大粒の涙が零れる。それで同情を誘うつもりか、なんと愚かな。
所詮貴様のような弱者、軍には必要ないのだ。戦力にならない兵など無駄な物、俺から言わせれば衛生兵すら必要性を感じられない。
傷ついて、使い物にならなければ破棄すれば良い。所詮我々はアクアロイド、ヒューマンのような代用のない存在ではないのだ。個々の意識など願いなど、存在しないにも等しい不要なもの。
我々兵士は正義の為勝利を捧げる、どんな犠牲が出ようとそれは揺るいではいけない。揺るいだ時点でそれは正義ではないのだから。
「ああ、お願いですテオ様、どうして、そんな」
「――理由を問うか」
「だって貴方は、こんな」
「俺は任務に支障となる存在を消す、ただ其れだけだ」
そう言い切り、心臓部に武装を押し付ける。
トリガーを引けば直ぐにでも壊されてしまう距離、緊張か興奮か、その境界線は酷く重く感じてしまう。
名も知らぬ海よりは、今最もよく知る海で溶けてしまった方がずっと幸せだろう。そう自らを抑え込み、ゆっくりと力を込める。
ほろりと零れた一つの涙は俺の手へと落ちて行き、じゅわりと体内に取り込まれる。
所詮はアクアロイド、どれほどヒューマンを真似ても同じ存在になることはない。
「さらばだ。貴様が生き返るのであれば、次はもっとマシな存在になることを願おう」
そう別れの挨拶を告げ、重いトリガーを一思いに引き切る。
ド、という短い音と破裂する音が周囲に響く。何が破裂したのか、など言うべきではないだろう。
どろりと溢れる魔水は海に攫われ、高い波と混ぜられてそのまま何処かへ消えてゆく。
彼女はこのまま一切の意識がないまま、クレイ全土にその身体を流し続けるのだ。この海水も、言ってしまえば彼女の一部。
最後の最後まで使えない部下だった、だなんて薄く笑みを浮かべれば押し潰されそうな、虚無の感情。
使えなかった、最後の最後まで使えない部下だったのだ。あんな奴居なくても、俺一人で如何にかなった。
彼女を破壊した俺は、正義でなくてはならない。
……そうでないと、彼女を殺した意味がなくなるから。
正義の為の尊い犠牲なのだ、その死体は追悼されるべきだろう。
ぼたぼたと零れる涙は海に溶け、所詮は何もかも水から生成された存在なのだと気付かされる。
正義の為の犠牲だというのに、何故これほど胸が苦しくなるのだろうか。
後悔してはならない、その犠牲は無駄にしてはならない。
もう俺の感情が乱される事は無くなった。けれど、俺は、俺という個体はこれから如何しようもない後悔の念に押し潰されながら生きて行くのだろう。
正義とは何なのか、考え続けながら。
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