text | ナノ
 ||| キリくんと懐古ちゃん


(落ちない)


私の好きな君はそんなに冷たい人じゃないし、君の好きだった私はこんなに冷たくない筈なのに。
氷と変わらないくらい冷たい手で私の首を一周する、私の好きだったあの子はゆっくり笑った。
「僕のことみてくれた?」
ずっと君しかみてなかったのに、変なの。
冷たいままの綺麗な笑顔で私に笑いかける君は、前と面影なんて少しも見えない。
少しだけ勿体無いと思った。だってあの子の笑顔はとっても柔らかくて、みてるとドキドキしてたから。
今はどうかって?こんな歪んだ笑顔にドキドキしろっていう方が難しい。
「ねえ、笑わないで」
そう言って彼の冷たい頬に手を添える。つめたい、これしゃあ低温火傷しちゃう。
「笑わないでよ」
もう一度はっきり言葉にすれば、彼の笑顔はゆっくり消えてゆく。今の君にはそれが一番似合うよ。
無表情で、冷たいままで、唇を噛んで悔しそうに声を漏らす。まるで負け犬、だなんて態々言葉にする程私はばかじゃない。
彼の頬は冷たくて、どうも私の片手じゃ温まりそうにない。だからと言って両手で温まるかといえば、そういう物でもなく。
「冷たいね」
そう言葉にすれば、私の首にかかる力は強さを増した。
少し呼吸がしにくいけど、苦しいわけじゃないから平気。そのまま対話は続けられる。
「君は一体なにを見てるの?」
「何も見てないよ」
「嘘つき、君は僕じゃない何かを見てるくせに」
「キリくんしかみてないよ」
「うそつき」
そう告げられた瞬間、私は頬に鈍い痛みを感じた。
なんで、だなんてつまらない疑問は必要ないだろう。
彼の地雷はそこだったのか、と動かない頭で考えれば首にかかる力はさらに強度を増す。
苦しいというよりは痛いと言うべきか。骨を掴まれるような感覚が皮膚越しながらもリアルに感じる。
「わたしずっとキリくんしかみてないのに」
うっすらと微笑みそんな事を言えば、彼はさらに顔を歪める。ああ、折角の綺麗な顔が台無しだ、勿体無い。
氷のように冷たかった顔が、熱により溶かされてゆく姿に感じるのは紛れもない安堵。
彼の中の昔の存在は消えていないんだ。その事実にただ安堵の息が漏れてしまう。


「――なんで君は僕のことを見てくれないの?

当然の疑問に対して、あの子はゆっくりと瞬きをする。その惚けるような反応が僕は嫌いで仕方が無い。
僕はずっとあの子のことを見てきた。ずっとずっと、初めて見た時からあの子のことが好きだった。
あの子に名前を覚えていてもらいたかったんだ。その為にいけない力へ手を伸ばしたのは紛れもなく僕自身。
人に忘れられるのは酷く寂しい事だ。だから僕は忘れられない為こうして名前を残す手段を選んだ。
あの子の中に僕を植え付ける。僕を、僕の名前を、一生忘れられないようにする為に。

「キリくんのことしか見てないのに」
――嘘つき。
「好きだよ、キリくんが」
――そんな言葉。

「すきだよ」
昔の、僕が?


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