||| キリくんが間違えた
「僕は君のことが好きでこんなに辛い思いをしているのにどうして君は僕のことを見てくれないの!?僕君の為にこんなにこんなに、こんなにこんなにこんなにこんなに苦しんでるのに!どうして僕は報われないの!?」
叫び続ける少年は、横たわったままの私を睨みつける。
半狂乱に叫び続ける彼の姿は中々に見ものだ、私もそういうものは嫌いじゃない。頭がおかしくなった生き物は酷く滑稽で、哀れで、見ていて楽しいものばかりなのだから。
叫ぶ少年、その場にいる私、暗い部屋。シチュエーションとしては最高の条件だ。
――私が、縛られてさえいなければ。
「どうして僕のことを分かろうとしないの?どうして僕のことを分かってくれないの?どうして…どうして、どうして……」
そう呟き、少年は両手で顔を覆う。どうして、だなんて私が聞きたい。何故私を縛るんだ。
ぼたぼたと彼の涙は、私の頬に降り注ぐ。不快だ、非常に不愉快だ。泣いていることが、ではなく私を無視して泣き続けることが、な辺り私も相当イかれた人間なのだろう。
声を出すのすら面倒くさい、彼に話しかけるのが非常に面倒くさい。他者と関わるのが嫌いなのだ。特にこういった、狂った状態の人間とは関わり合いを持ちたくない。
ぼそぼそと名前を呼び続ける彼を、私は冷たい目で見つめたまま。名前を呼んだ所で変化などある筈がない、この場には私と彼しか存在しないのだから。
来るしそうに呼吸をする彼は見るに堪えない。つまらないのだ、他人の泣き顔などそもそも興味がないというのに。
「僕はずっと頑張った!一生懸命、必死になって、苦しんで頑張って沢山沢山頑張った!それなのにどうして!?どうして僕を見てくれないの、僕もう弱くない、他人に何かを奪われることなんてなくなったのに!それなのに!!」
君の頑張りなんて興味ないよ、言い切って何処かへ去れたらきっと私は幸せだろう。興味のない他人から執着される恐怖、なんて言えば簡単だが要するに当てつけだ。
奪われない人間になった、ああそれはおめでたいねだから何だとしか言いようがない。私は前述の通り心の底から君に興味がないのだ。
強くなって、何もかも自分で選べる人間になって、その後彼はどうしたいのだろう。結果は十分に分かった、その過程は?君の望むその後は?きっと彼は何も考えていない筈。
結果に満足して、その後を何も考えない。
きっと彼は、その過程で失った大切なものに後悔するだろう。散々そういう生き物を見てきたのだ、また同じ道を進む人間が一人犠牲になっただけ。私は手を引く気はないし、導く気も一切ないのだからそれは必然的なもの。
冷たいと散々言われたが仕方がないのだ、それが上からの命令だから。他のことをやりたくないのだもの。自ら首を突っ込む程馬鹿じゃない、私は面倒ごとが一番嫌いだ。
身体を大きく震わせぶつぶつと呟き続ける彼は、まさに狂ってるという表現が相応しい。虚ろな目のまま私を見下ろし、ただ名前を呟き続ける。ナマエ、ナマエ、ナマエ――まるで呪縛じゃないか。
「ナマエさんは、だってナマエさんは僕に言った、言ったんだ、だから僕は強くならなくちゃ、強くならなきゃナマエさんは居なくなっちゃう、僕の、僕がナマエさんを好きになったんだ、だから僕、僕は……僕は」
「――ナマエって、誰」
「え、あ、」
「だれ」
「――あ、れ」
白い肌と、綺麗な髪と、僕の大好きな色をした綺麗な目と、優しそうな笑顔と、ちょっとだけ感じる甘い香りと、その綺麗な声が、優しい声が、僕の名前を呼んでくれる声が、キリくんって呼んでくれるナマエさんが、僕の、僕は、僕は好きで、一番好きで大好きで何よりも好きで大切で僕が守ってあげなくちゃいけない存在でその柔らかそうな唇が僕の名前を形作る度僕はずっとドキドキしてそのたびナマエさんは笑って僕の、あれ、ナマエさん、どうして?どこにいるの、なんで、だって。
「きみは、誰?」
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