text | ナノ
 ||| 青炎騎士団とお菓子


青炎騎士団とは暇な集団である。嘘である。


「今日のおやつはどうしましょう、ふふ」
「暇人…いや、元々あれが仕事だけど……」
「ああアグロヴァル、丁度良いところに。今日のおやつは何が良いですか?」
「いや、おやつの時間は多分此処に居ないよ」
「ならそのあたりの時間に帰って来てくださる?」
「いいよ、弟子の修練が終わればね」
「グウィードくんかしら。なら是非彼も呼んでくださいな、小さな青炎騎士にも是非食べていただきたいものです」
「ん…まあ、偶には弟子を労わるのも悪くないかな」
「あら、師弟関係が随分と板に付いてきたのですね」
「なっ、別に」
「今日のおやつは何にしましょう、人数が多いなら食べやすい方が良いですね……」
「……やっぱ暇人だろ、あれ」

ぽつりと独り言を。菓子の事で頭がいっぱいな彼女は、その言葉に気付かなかったようだ。
〈彼〉の居なくなったこの世界に召喚された僕たち〈青炎騎士団〉、その中でも僕たち騎士の衛生兵として名高い彼女はなんというか…酷く気楽で能天気な女性だった。
まあ、そんな彼女に癒されたという話はよく聞くし、実際彼女のその性格から来るゆるい発言に救われたことも少なくはない。治療の実力もエンジェルフェザーから学んだ知識は相当の物だし、兵士としてはそれなりの立場にいるのも頷ける。基本的にはいい人だ、基本的には。
――基本じゃない所は何処か、だなんて言わずとも。兵として関係のないプライベートは何もかも、と称するのが一番正しい気もしてしまう。因みに僕も被害者の一人だ、彼女に建てた何百というフラグは全て折られたのだから。
無意識無自覚にフラグを折り、ダメージを与える。実に恐ろしい人物だと皆よく知っているのだ。多分僕の弟子も恐らくそろそろ折られる、ざまあみろ。

「シュトルーデルなんてどうかしら、甘くて素敵…あら、アグロヴァル?もう行ってしまったのですか?」

菓子の世界に入り込むナマエを放置し、一先ず修練場へと向かう。あまり彼女と話し込むと中々危険が多い。主にフラグ的な意味で。これ以上折られてたまるか、凹むぞ。
――取り敢えず修練場だ、あまり弟子を待たせるわけにもいかない。
心なしか足取りが軽く感じるが…決して彼女の菓子が楽しみというわけではない、そういうわけではないのだ。期待などした時点でフラグを折られるのは散々学んだのだから!
……それにしても、シュトルーデルか。中身は林檎だと嬉しいのだけれど。


「師匠浮かれてますよね」
「そんなことはない。それよりも今の動きは無駄だ、お前の速度と得物なら真っ直ぐ刺しに行くより斜め下から入り込んだ方がいい」
「分かりました」
「心臓を狙うなら斜め下から抉れ、直線で入り込んでも確実に肋骨で阻止される。その動きからもう一度やるぞ」
「お願いします」

今日の師匠は何か妙に気持ち悪い、どう考えてもこの人は浮かれている。一体何に浮かれているんだ、と一瞬悩んだがすぐに検討がつく辺り師匠も大概。
ナマエさんの三時のおやつか。どうせ今日も修練は三時までに終わらないんだろう、俺はきちんと知っている。ざまあみろ師匠、人のフラグを無理に折ろうとするから悪いんだ。
俺の側をぐるぐると回る精霊も気配を感じ取ったらしい。何々、今日のおやつはシュトルーデル?俺の気分は正直ショートケーキなどあの辺りだ。

一直線に師匠の懐へ入り込み、そのまま心臓部を狙い込む。斜め下から、抉るように。
師匠との修練はいつも本気だ、死ぬ気で殺す気でやらねば修行の意味など一切ない。戦場ではこの空気が当然になるのだから。
俺の基本となる動きは敵を撹乱させること、だから正直戦闘行為はあまり得意ではない。だから――。

「遅い」
「チッ」
「師匠に対して舌打ちするなよ」
「すみません、癖で」

癖って…。なんて苦笑いしながらも俺を逆に抑え込む師匠のなんと素早いこと。走行速度は相当自信があったのだが…。悔しいという感情はない、それは充分な思い上がりだ。
抑え込まれた状態から立ち直る方法――脚を使う。多少呼吸は苦しいが俺は鎧と言い切れる鎧を身に纏っていない為多少は動きやすい筈。
…実際の戦闘で抑え込みなんて出来る余裕ないと思うのだが、なんて話は今するべきじゃないか。
掴まれた両手を軸にし、上半身を大きく反らせて全身を回す。そのまま一発蹴りを入れればちょうど良い所に当たったらしく、俺の身体から師匠は退いた。よし、成功。こういう脚の使い方も悪くはない、練習するべきか。
再び互いに距離をとって、じりじりと間合いをはかる。師匠の強化兵装である〈フィルメール・リボルト〉の効力は脚のみ、今は最低限それを意識すれば以前のように気絶することはないだろう。無論、〈フィルメール〉の警戒だけで師匠がどうにかなるとは微塵も思っていないが。
適切な間合い、師匠の懐へ入り込む角度、速度、鎧のない部位の把握、全てにおいて完全。
師匠がゆっくりと構えをとる。それと同時に俺の得物〈セルリアンエッジ〉を構え、師匠が動き出す直前に動く。
少しの動揺が生まれスキが出来た一瞬を見逃さない。
――入った!

「油断するなって言ったろ」

――無傷の師匠と、腹に一発加えられた俺。入ったのは俺の方?一体何故。
「入り込むのは予測済みだ。予測される動きからは予測可能な結果しか生まれない」
学べ。そう告げて、師匠は全身の力を抜く。俺の腹には師匠の腕ではなく膝が。まさか〈フィルメール〉の効果を発した脚で?まさか、そんな事をされては死んでしまう。
…いや、そういえばこの人殺す気で来てたな。
ゆっくりと意識が遠のいてゆく。ああまた修練場で放置か、そして彼女のおやつは食べられず終わるのか。
これが何回繰り返されただろう、本当にこの師匠は性格が悪い。実力は否定しないしそこに惚れ込んだのは自分だ、仕方が無い。仕方が無いけれど…たまには食べたいものだ。
意識の薄い自分の身体が修練場の床に倒れる。頭を打った、地味に痛い。
「……今日はここまでかな」
師匠の独り言がなんとなくで聞こえてくる。そういえば今は何時だろう、今一つ腹が減った。師匠が時計を読み上げてくれれば嬉しいが…この人に限ってそんなことはしないだろう。
「そろそろ時間だな」という呟きと同時に感じる、脚を掴まれる感覚と引きずられる感覚。なんだこれ、ズルズルと引きずられているじゃないか。ちょっと待てやめろ、やめてくれ。本当に痛いからやめてくれ。禿げる、禿げる!!
目を閉じた状態で聞こえる、精霊の心配そうな声。心配するのはいいから師匠をどうにかしてくれないだろうか。
それにしても今日は一体なんなんだ、フェードアウトしてゆく意識の中それだけを考える。
鼻腔に届く甘い香りに気付くことなく、残念ながら俺の意識は闇に消えた。


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