text | ナノ
 ||| グウィードくんの嫁観察


(落ちない)

師匠の嫁はよく分からない、嫁と言えば良いのか他人と呼べば良いのかすら分からない程あの二人の関係はよく分からない。

ぱちりと瞬きをしながら俺はそう思った。
目の前には前述の師匠の嫁であるナマエさん、すぐ側にはパステルな色を持った花の山。
どうやら彼女は花環を作るのがお好きらしい。見た目通り、まるで絵本から飛び出たような不思議な方だ。
ゆったりと微笑みながら花を摘み、一つまた一つと編んでゆく姿はまさに女神と称しても違和感はない。
…流石に褒めすぎだろうか、自分でも可笑しいとは思ったが半分以上は師匠の受け売りた。けれど事実彼女は美人だと俺も思う。
聖域の花畑、そう言えば聞こえは良いかもしれないが、実際はただの放置された区画に過ぎない。
花が溢れたのも全てこの土地の頑張りであり、我々のような知能を持った存在が手を施した物は一つも無い。
野生の花はとても美しいと彼女はよく言う。以前までは何も変わらないと思っていたが――今回でその意見は改めねばならないととても強く感じた。

俺の師匠、アグロヴァルは実に不思議な方だ。
何処かに居たと思い追えば何時の間にか別の場所に居る、その姿を明確に捉えた物は数少ないと皆が言う。
俺が無理に頼み込み教えを説いていただいている事実も、青炎騎士団以外で知っている者は数少ない現状。
師匠は剣も強く、足も早く、あの英雄パーシヴァル殿の副官を務められる立派な人物。
俺たちをこの世界に召喚した賢者ゼノン殿は言っている。〈彼〉の居る世界へと、元の世界に戻せと。
〈ブラスター・ブレード〉、過去の、本来居るべき存在。本物の英雄。
存在を抹消された俺たちとは違う本物だ。羨ましいとは思わない。それは十分な思い上がりになるのだから。
正史世界がこの改変世界の歪に気付いた時俺たちは如何なるのだろうか、なんて時々考えてしまう。元の世界に戻れるのだろうか、元に戻って再び兵装を失って、つまらない存在になって――また消えるのだろうか。
……そこまで思考を巡らせて、一度止める。彼女と居る時にそんな妙な事を考えるべきではない。
他者に無用な不安を与えるな、というのも師匠の教えだ。本当にあの人は嫁馬鹿だと思う。

「ごめんなさいね、こんな所まで着いてきてもらって」
「いえ、師匠曰く貴方の護衛も修行との事ですからお気になさらず」
「彼ってばまた適当な事言ってるのね、私から何か言っておくわ」
「お忙しい身ですし仕方の無い事かと。俺個人としてはそういった役割も気に入っておりますし、異存は何も」

「そう?なら良いのだけれど…」と言葉を続けながら小首を傾げるナマエさんから漂う歳上の風格。具体的な年齢差など知りもしないが、落ち着いたまま微笑む姿はまさに聖母。称する師匠の気持ちがよくわかる。
風に吹かれて戦ぐ綺麗な髪、手元を見るために心なしか俯く顔、花を編み続ける女性らしい柔らかな指。
――少しだけ、こんな方に嫁いで貰った師匠が羨ましく感じる。
もしも彼女が俺の嫁様だったら、いやそんな失礼な考えするべきではないか。きっと人のものだから羨ましく感じてしまうのだろう。…彼女を物扱いするのも些か失礼だとは思うが。
もしも貴方を寝取ったら確実に罰せられますよね、なんて一瞬でも思った自分が恥ずかしい。
ナマエさんは師匠の元に居るからこそお美しいのだ、俺の側に置いたところで何の変化などあるわけがない。
師匠の笑顔を引き出せるのはナマエさんとパーシヴァル殿のみ。俺のような一介の兵が彼らの中に入り込むこと自体烏滸がましいのだ。自覚はある、けれどそれを認めようとは思わない。
認めた時点で、生き物は本当に負けてしまうから。

「――貴方は実に不思議な方だ」
「あら、私は何もしていないけれど」
「無力な女性である筈なのに、これ程まで人の心に安心感を与えている」
「無力だからこそよ、裏切られる心配もなければ裏切る心配もない」
「裏切るご予定が?」
「あるように見えるかしら」
「……いえ、微塵も。むしろ我々を庇って死にそうにも見えます」
「ふふ、貴方言うのね。意外だわ」

そう言って彼女は再び花を編む。桃色の花を中心とした可愛らしい花環は、もうそろそろ完成するようだった。
すぐ側から香る甘い花の香り、柔らかい色を持った蝶がふわりと目の前を通り抜ける。
ただ純粋に平和だと思った。この世界に存在する事のない未知の存在との戦いさえなければ、本来この場にいたのは師匠の筈。
「羨ましいな」そう思わず口に出る。師匠への嫉妬か、彼女に対する純粋な何かか。それが恋心故という確信は一つもない。
仮定の段階で動くのは吉ではない、それは事実だ。そもそも人のものをとるのは犯罪だろう。人妻という属性は難しい。

「何が羨ましいのかしら」
「……独り言です、お気になさらず」
「いやね、そう言われたら余計に気になってしまうわ」
「貴方の知るべきものでは…いや、いや……知って得するものではありません」
「今のは如何して躊躇ったのかしら」
「貴方の気にする事ではありません、貴方はどうぞ花環をお作りください」
「ううん、貴方は中々頑固なのね」
「騎士とは皆融通のきかないものです」


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