||| 赤馬家の妹さん
全ての元凶はあの日ペンデュラム召喚とかいうよく分かんない召喚反応を起こしてしまった榊遊矢とかいう少年だと思うんだ。
責任転嫁だとか言われそうだけど、これは紛れもない事実。あの日以来兄さんは仕事に夢中で私と話す時間も随分減ったし、デュエルを教えてくれる時間なんて無くなったにも等しい。
LDSに行ってもみんな令嬢扱いで普通に話してくれる人なんて何処にもいない。一部の生徒は普通に接してくれるけど、それでも最終的に行き着く所はデュエルのみ。
母様はビジネスでこの舞網市にいない。
つまり現在、この私赤馬ナマエは完全なるぼっち…否、お一人様状態なのである。
……別に寂しくないもん。
「――というわけで私は家出します。探さないでください」
「私がそれを許すと思ったのか?」
「許さなくてもいいですよ勝手にしますから」
だだっ広い社長室で二人きりになるのはいつぶりだろうか。この部屋でデュエルを教わっていたのが随分懐かしく感じる。
あの時と違うのは、今兄さんの持っているものがカードでなく仕事の資料だということ。それにすら一抹の寂しさを感じるのは、やはり私も兄が好きだということなのだろうか。
思春期に反抗は付き物だ。齢14の少女ともなれば、兄離れは当然のことなのかもしれない。
ふう、と少し息を吐いて兄さんを見つめる。
手から零れ落ちた資料が随分と無様に感じて、ざまあみろと思ったのは内緒だ。
「家出して、その後はどうするつもりだ?舞網の治安は我々が守っているとはいえ、世間知らずな令嬢が生活するには無理があるだろう」
「その世間を教えようとしなかったご本人が言えるセリフですか?」
「ナマエは私が一生をかけて養うつもりだ」
「その言葉兄さんが言うと実現可能で怖いから止めてください」
「綺麗な箱入り娘のままでも何も問題はないだろう」
「箱入りのまま誰とも話さず一人見えない何かと会話するような人間にはなりたくありません!」
声を荒げて反論の言葉を投げつける。箱入り娘って、この御時世に箱入り娘は普通にありえないだろう。
……レオ・コーポレーションの力があれば私一人を本物の箱に突っ込んで育てることが可能なのが恐ろしい所なのだけれど。
机越しの兄妹喧嘩。兄さん的にはきっと喧嘩なんてつもりは微塵もないんだろう、けれど私としては立派な戦争だ。
ここで負けたらお一人様ルート、そこから更に見えない何かと会話するルートへ一直線。確実にそれは避けたいところだ。私は幽霊など信じない、トークンは幽霊じゃない、アンデット族はカードだから怖くない。
ばちばちと一方的に火花を散らす。兄さんのきょとんとした顔がまた笑えるけれど、笑ったら負けだと思う。
「……家出をして何がしたい」
「人と話がしたいです」
「話しているだろう」
「色んな人と話したいです」
「ならば中島を呼ぼう」
「中島はいつも話してるじゃないですか!兄さんの馬鹿!頭悪いばか!!」
「ナマエとのデュエルの戦績は常に私が上だが」
「そうやって冷静に言い返す兄さん嫌い!」
何処かで誰かが似たようなセリフを言ったような気がする、だがしかし私には関係ない。
どうしようもない苛立ちが募って、兄さんが気に入って使用している何処だか知らないブランドのお高い机を平手で叩く。地味に痛い、これは失敗した。
むすー、なんて頬を膨らませて兄さんを睨みつける。手の痛みから若干涙目だが、これは正直自業自得だ。
「……兄さんとデュエルする時間が無くなって暇だから家出しようとしてるのに」
小さく独り言が零れる。
恐らくこの言葉も聞こえているんだろう、けどあえて兄さんの反応は一切見ない。……これは素直に見たくないからと言った方が良いのだろうか。
蝶よ花よと育てられた箱入り娘だもの、一人ぼっちは一番嫌いだ。幼少期より一番可愛がってくれた兄と話す時間もないとなると、それは本当に苦でしかない。
「……ナマエ」
「…………なんですか」
「ナマエさえ良ければだが、今から一戦交えないか」
「……なにそれ、ご機嫌取りのつもりですか」
「そうだ、私は大切な妹の為にデュエルをしたい」
「うわあ」
なんで自分の妹にそういう恥ずかしいセリフ平然と言えるんですか。そんなツッコミは口の中義理ギリギリで留まった。そういった類の言葉は恋人か何かに言うべきなのに、本当この人の行動基準は理解出来ない。
デッキの入ったデュエルディスクは持っている、確かいつだってデュエルは出来る。けれど今日の私は反抗期だ。そう簡単に兄さんに屈したりしない!
……けど最近一部調整が最終段階へと突入したLDS製のペンデュラムカードが気にならないこともない、デュエルすれば見せてくれるのだろうか。
少しだけ口元を歪ませて一生懸命考える。今ここで兄さんとデュエルするのを選ぶか、家出して知らない人とのデュエルを選ぶか。
デュエルしてから家出するというのはまず無理だろう、兄さんに家出すると宣言した時点で部屋に警備をつけられるのが目に浮かぶ。というか何年か前も似たようなことがあった。
――よく考えたらなんで私態々兄さんに家出する宣言なんかしたんだろう。
「うわあ私ってば本当に何してるんだろう…最悪だ……」
「自らの行いを悔いる事もまた人生だ」
「16の若者が何人生論語ってんですか」
「近いうちに本を出版する」
「また無駄に権力使って」
「こう見えてもメディアからの注目は高くてな。残念だが依頼など山のように来る」
「その中身がただの妹馬鹿って知ったらどれほどの人が幻滅するでしょうね」
「ナマエの為に今後休みはしっかりと取ろう」
「……それなら許してあげますけど、家出とそれは別物ですからね」
≫
back to top