||| コウジくんと信者
(映画ヴァンガードネタバレ注意)
(落ちない)
痛い、痛いよコウジくん。
ぽたぽたと零れる涙を必死で拭いながらも、私は彼に抵抗しない。
私の首に回された両手はゆっくりと力を増し、私の息を止めようとしているのがよく分かる。
痛い。身体なんかよりも、心のほうがずうっと痛い。
コウジくんはとっても優しくて素敵な人で、虐められていた私を助けてくれた神様みたいな人だ。
私にヴァンガードを教えてくれたのも彼。だから私はコウジくんが好き、信者が神様を信仰するのは当然のことだから私は彼が一番好き。
神様の行いを信者程度が咎めてはいけない、だから私は彼に一切抗わない。それが彼の幸せの為だから。
たとえ殴られようと首を絞められようと、犯されようと殺されようと否定をしない。
信者とは、そういう生き物だ。
彼の綺麗な赤色の目はいつだって淀んでいる。暗くて不安定で、苦しんだまま。
世界は不公平だ、世の中は気味悪く回転している。
その事実は地球もクレイも変わらない。だから彼は壊すのだと言った、ヴァンガードの無い世界を作るんだと言った。
世界に虐げられたものがたった二人、何ができるのか。私はいつもそれを考えている。彼にはきっと、その気持ちが伝わらないのだろうけれど。
私は、彼と繋がりを作ってくれたヴァンガードが好きだ。けれどそれを伝えられる日はきっと来ない、彼はヴァンガードを心の底から嫌っているのだから当然のこと。
彼がファイトをしようがしまいが、私のような一信者には関係ない。信者は何が起きようと神を信仰する、そういうものなのだろう。
彼は私がカードを持つことすら嫌がった。だから私はユニットを捨て、国家を捨て、クレイすらも捨ててしまった。
赤色の炎で埋まる神殿。コウジくんによって伝えられたそのイメージは、私を苦しめるのに十分過ぎたのだから。
「痛い、痛いの」
「だから何だ!オマエは、オマエはオレの――」
「私はコウジくんの信者だよ、それ以上にはなれないよ」
「――ッ、ふざけるな!!オマエは!!」
「コウジくんは私の神様だよ」
ぎゅ、と両手に力が込められる。酸素が脳に届ききらない。
いっそこのまま、神様によって殺されたほうがずうっと幸せなんじゃないか。薄れゆく意識の中でそんな事を考える。彼の手の中で死んでしまえば私は、私の思い出は――。
少しだけ微笑めば、泣きそうな彼の顔が視界に収まる。いやだ、そんな顔をしないで、私はコウジくんのその顔が一番嫌いなのに。
痛い、何もされていないはずの心臓が酷く痛む。どろりと力なく開いた口の端から唾液が垂れた。
まるで無力な獣のようだ。狩られる者と狩る者の違い、けれど彼はいつ迄経っても私を殺すことができない。
神様は信者に縋ってはいけない、だから私は彼を肯定しても受け入れることは一切ない。
救われた生き物は一生を尽くして恩を返す、私はそれしか脳のない信者だ。
――根絶者は、彼の中の存在は憎しみを求めている。
目的を果たす為に幸せな記憶を、大切な思い出を消し去った私の一番憎むべき存在。
これ以上コウジくんの中の思い出を消させたりしない、私は彼を少しでも守りたい。たとえ世界が壊れてしまったとしても、彼の中に誰かの思い出が残っているのならば私はそれで構わない。
私はただの信者だから、彼の恋人としては在れない。彼の大切な人になっては、いけない。
首に回された両手が、ゆっくりと緩められてゆく。
「……オマエは何故オレの側に居る」
「それがコウジくんの幸せだからだよ」
「オレは幸せになどなれない」
「大丈夫」
「何が大丈夫なものか」
「大丈夫だよ」
「煩い」
「私だけがコウジくんを肯定してあげるから」
「煩い」
「ずっと側にいられる」
「煩い」
「根絶者は、コウジくんは」
「――黙れッ!!!」
パン、と甲高い音が響く。頬が妙に熱くて痛い。頬を叩かれた、という事実を一瞬認識出来なかった。
叩かれた場所にゆっくりと手をあてがう。焼けるような痛みを感じるのは、一体何故?
息の荒いコウジくんに触れることが出来ない。赤色に染まっているであろう私の頬が、何故か動くことを拒絶する。
「――いた、い」
思わず漏れた私の声に、コウジくんは肩を震わせる。何に怯えているの、私は一体何をした?
自分の発言すら認識出来ない、自分が何者なのかも一瞬分からなくなってしまう。
口を開いたまま震える声が漏れる。ああ神様どうか、どうか私に教えてください。私は一体、貴方に何をしたのですか。
頬を伝う大量の涙が呼吸をどんどん乱してゆく。私は今の一瞬何をどうして、何故あんな事を言ってしまったのか。
彼の中の根絶者が私を睨み付ける。私の心臓を握り潰そうと、私の中の大切なものを消そうと、すぐ其処に存在している恐怖。
……もしも、私の中の思い出を消されたら私はどうすれば良いのだろう。
得体の知れない重みに身体を震わせて、縋る思いで拒絶の言葉を吐く。
嫌だ、忘れたくない、一人にはなりたくない。コウジくんを忘れ生き直すくらいなら、私は死を。
恐怖と共にせり上がる嘔吐感に耐えきれず、口の端からゆっくりと唾液が垂れる。
気持ち悪い、気持ち悪くて仕方が無い。口元を抑え込む指の隙間から垂れる大量の唾液の感触が不快で、苦しくて、どうすることも出来ない。
私を忘れないで、貴方を忘れたくない。貴方がいたから私の世界は、コウジくんが居たから私は、こうして今ここに存在するというのに。
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