||| ソフィアちゃんと盲目
何もかも知らないままでいいのよ、貴方はは知らないままで良いの。
そう言って肩を掴むお姉ちゃんの考えてることは全く分からなかった。ぼんやりとした頭のまま揺れる身体をそのままにしていれば、落ち着いたのか力は少しづつ緩められる。
ぜえぜえと息を切らして俯くお姉ちゃんは体制のせいか、その綺麗な目はどうも見えない。
あー、と少しの落胆を込めながらそっと背中を撫でれば私の背中へ腕を回し、力を込めて抱きしめる。
苦しいという抗議の言葉はあえて言わない。言ったらきっと叩かれるから、知ってるから。
お姉ちゃんは時々こうやって私を確認するかのように抱き締める。理由は一度も聞いたことがなかった。もしかしたら此処から出してくれないのとなにか関係があるのかもしれないけど、正直あえて聞く必要もない。
お姉ちゃんはとっても美人さんで優しい人だ、いつだって私を守ってくれるしいつだって私を助けてくれる。だから私はお姉ちゃんが好き、たぶん答えとしてはそれであってる。
「ナマエ、ああ、ナマエ」
「なあに、お姉ちゃん」
「ナマエ、ああよかった此処にいる、お願いよナマエ此処から出ないで、何処にも行かないでちょうだい」
「うん、大丈夫だよ、此処から出たりしないよ。お姉ちゃんか帰ってくるのずっと待ってるよ」
お姉ちゃんのさらさらの髪を撫でれば安心するかのように肩の力が抜けた。よかった、お姉ちゃんは普通だ、大丈夫。
私のお姉ちゃんは優しい人だ、素敵な人だ、私を守ってくれる。大丈夫、お姉ちゃんは優しい。
そっくりな色の髪が好きだった。お姉ちゃんと違う色をした、変な色の目が嫌いだった。
お姉ちゃんとお揃いがいいってずっと思ってた。だから私は目を潰しちゃった。お姉ちゃんとお揃いの目じゃなきゃいらないっていったらお姉ちゃんは怒った。
思えば、私の世界はあの日から狭まったような気がする。
「ナマエ、そうよナマエ、私の世界はあのお方と貴方だけで良い、他のものは必要ないわ、そうだもの、そうよ」
「うん、そうだね。わたしもキョウヤ様とお姉ちゃんがいれば幸せだよ」
「あああ違うのナマエ、いくらあのお方でも貴方の口から他者の名前を聞きたくないのよ!ナマエお願いよ私の名前を呼んで、いますぐ!!」
「ソフィアお姉ちゃん、大丈夫だよ」
「ナマエ……ああ……」
小さく私の名前を呟いて、お姉ちゃんは全身の力を抜く。私に倒れこんできたから少し思いし体制も辛いけど、お姉ちゃんの為ならなにも問題ないから平気。
良い匂いのするお姉ちゃんの髪はとっても好き。
昔と同じように、私たちの髪色ってお揃いなのかな。そう思って髪に触れてもどうにもならない。
もしもお姉ちゃんが違う色に染めていたりしたら私はおかしくなっちゃうと思うんだ。そういうのを考えると、目が見えなくてよかったとも思うし寂しいとも思う。
随分と昔キョウヤ様に言われた、「君たち姉妹は実に奇妙だね」という言葉をなんとなく思い出す。
奇妙なのかな、私たちこれで幸せなのに。お姉ちゃんと違う色をした目が見えなくなって私幸せだよ、お姉ちゃんと一緒にいられるからとっても幸せだよ。
そう言葉を返せば優しい笑い声が帰ってきたのを、今でもよく覚えてる。
懐かしい思い出、けどお姉ちゃんに話したら悲しい声を返されるから何も言わない。
私たち姉妹は奇妙、そんなことよく知っている。ただお姉ちゃんはキョウヤ様と私が話すことをよく思ってないみたいだから、それだけ。
キョウヤ様もお姉ちゃんも、私の頭を撫でる時の手つきがとっても好き。安心するから。
私の世界はあの二人だけ、私はたぶんそれで良い。お姉ちゃんもキョウヤ様もそれを望んでいるからそれでいい。怖いことなんか何もない。
「――ナマエ」
「なあに、お姉ちゃん」
「貴方の為に生きる私は、駄目なのかしら」
「それでお姉ちゃんが幸せになれるのなら、私はいいよ」
ぽっかりと空いた眼孔を覆う瞼を、お姉ちゃんの綺麗な指が撫でる。
何もないでしょ、お姉ちゃんとお揃いじゃないから抜いちゃった。それを告げたあの日のお姉ちゃんの高揚した声は今でもよく覚えてる。
愛だね、それが私たちの愛だよ。
奇妙で気持ち悪い、空っぽの愛の形だよ。
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