||| ソフィアちゃんと青色
青色の水が床に広がった。
硝子の割れる音と水の落ちる衝撃音、ぽたりと何処かからこぼれる水滴の音。瞬きをして目の前の彼女を見れば呆れたような顔が視界に収まる。
ごめんね、だなんて言葉で許してくれるほど彼女は甘くない。すっかり濡れたお洋服も床も、全部投げだして今すぐ逃げたいと感じるほどだった。
割れた硝子は沢山の鏡になって私と彼女を映し出す。嫌そうな顔を増やさないで、寂しいから。
少しだけ眉を下げて、意味もなくごめんと小さく謝った。
「何故貴方が謝るの?」
「だって不機嫌そうな顔してるんだもん」
「貴方に向けたわけじゃないわ、その硝子に向けたの」
そう言って割れた硝子を睨みつける彼女に眉は下がる一方だった。
その不快を生んだ元は私だよ、そう思い髪に触れる。少し引っ張ると気付いたのか、彼女が止めようとしてきた。分かってるよ、ダメなんでしょ。そう思ってすぐに止める。
広がる水の浸食がついに足元にまで及ぶ。裸足の足にじわりと染みる水の冷たさが不快で、すぐに足を上げた。
「別の部屋に行きましよう」そう言って私の手を取る彼女の考えていることが分からない。彼女は私をどうしたいのだろう。
床に広がる青色の水はどんどん勢力を増してゆく。薄く広く、消えそうな水色へと変化しながらも。
「このままでいいよ」
「裸足は寒いでしょう」
「絨毯はくすぐったいから嫌い」
「なら絨毯のない部屋に行きましょう、この部屋は駄目よ」
「何が駄目なの?」
「貴方が駄目なの」
そう言って白い髪を揺らすソフィアちゃんは、ただ純粋にずるいと思った。
彼女の白い髪は大好きだ、けれど彼女の目は好きじゃない。理由をつけるなら冷たすぎるから。
さらさらの髪の毛にそっと指を通せば引っかかることなくするりと通り抜けてしまう。一房掴んでキスをすればするりと零れ落ちてしまう。
行きましょう、そう言ってただ私を急かすソフィアちゃんに不快感だけが募って自分の髪をちょっと掴む んだ。彼女程ではないけど、ちゃんとお手入れしてる長い髪。自分の好きな色をしてる、ちゃんと好きも思える髪の毛。
放置された机の上にのったままのショートケーキと、お砂糖が沢山入った紅茶。同じ白だけどソフィアちゃんの色の方がずっと好き、そう思って自分の髪から手を放す。
蓋の空いたシュガーポットの中に角砂糖は一つも入っていなかった。
「もっと甘いケーキを用意するわ、他の部屋に行きましょう」
「いや、私この部屋じゃないと嫌」
「この部屋は駄目よ、青が眩しいもの」
「私青色好き、ソフィアちゃんの色の次くらいに好き」
「だから駄目なの」
青は白を覆うから駄目、唇を噛んでそう言うソフィアちゃんの表情は一番好きだ。
悔しそうな顔、嫌そうな顔、私が他のものに侵されることに耐えられないとでも言うようなその苦悶の表情。
ふふ、と笑って白い髪に指を通す。不快そうな屈辱そうなその顔に堪らなく胸が高鳴ってもう、どうしようもないくらい。
割れた硝子に映った二人分の姿は混ざって、何方が何方なのか判別できない程。
ソフィアちゃんの白に塗り潰されちゃった、そう言って曖昧に笑えば不快そうな顔だけが帰ってくる。いつもみたいにため息吐かれないだけましなのかな。
日焼けしない白い足が行き場をなくしてぶらりと釣り下がる。椅子に座ったままの私と立ったままのソフィアちゃんの距離感は近くて遠い微妙なものだった。
「すぐに掃除させるわ、それまで他の部屋に居ましょう」
「うん、じゃあそれで良いよ」
そう言ってへなりと笑う。呆れたような彼女の顔に対してつまらなさと安心感を同時に感じ、なんだか色んなことが分からなくなった。
私の手を取る彼女の指先はとっても冷たい。彼女の目と同じように、彼女の色と同じようにとっても冷たい。
バディはお星様なのに変なの、そう思って両手で彼女の手をほっと握れば心地よい感触で握り返される。
床に広がった青色はきっと文字通り水に流され溶け、何処か遠くへ行ってしまう。私の好きなものはいつの間にか遠くに消えて、ソフィアちゃんの色だけが最後に残る。
それでも良いよ、そう思って日焼けしない足を床につけ歩き続ける。
冷たい床は心地よくて好き、ソフィアちゃんの次くらいに。
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