||| タスクくんとヘッドフォン
(捧げ物)
「それ、やめてください」
そう言ってあの子はわたしの頭のヘッドフォンを剥ぎ取った。
どうしたの突然、そんなこと聞こうと思い顔を見れば随分と不機嫌そうな表情。わたし何かした?そうやって問いかければ不機嫌そうな顔をそのままにぎゅっと抱きしめてくる。
珍しく我儘なあの子をそっと抱き返せばその力はさらに強まった。
明るい水色がふわふわと揺れる。首筋に顔を埋め擦り寄ってくるこの子は随分と珍しい。何かあったの、そう小さく聞いても返事は返ってこなかった。
「甘えたさんめ」
「…ナマエさんが構ってくれないのが悪いです」
「それはそれはごめんね、よしよし」
「……よしよしですんだら警察いらないでしょう」
「じゃあ今日の夕飯は何が食べたいか聞いてあげよう」
「……いらない」
その代わりにぎゅっとさせてください。そう言ってこの子は口を閉ざした。お互いの体温が混ざって妙な感じがする、というか只々暑い。
文句の一つでも言ってやろうかと考えたが甘えたモードのこの子にそれは酷だろう、何も言わないままそっと頭を撫でた。
つい先程まで音楽を聴いていたヘッドフォンは今だにシャカシャカと音を鳴らしている。とりあえず電源切ろう、そう思って手を伸ばせばその手はこの子の白い手に絡めとられて力を抜くのを余儀無くされた。
「何が不満?」「なんでもないです」
抱き締める力は変わらずに素っ気ない返事を返される。どうしたんだこの我儘ちゃんは、明るい筈の水色は心なしか沈んだ色に見えた。
「嫌なことあったんだ」「何時ものことです」「じゃあどうしたの」「なんでもないです」「言ってくれなきゃわかんないよ」「分からなくてもいいです」
珍しく強気で放たれた言葉に少しの驚きが混じる。ファイトに負けでもしたのかな、けどそれならもっと落ち込むはずだしどうしたんだろう。
きっとこの子は慰めて欲しいと思ってる、けど残念ながら私に慰める力はないんだよ。母親のようにゆっくりと背中を叩けば安心したような声が返ってくる。ああ良かった、今日もこの子は良い子のままだ。
「何も怒らないから言ってごらん」そう言って笑いかける。顔を上げたタスクくんと目が合えば、この子は泣きそうな顔で私に縋り付いてきた。
「……僕が」
「うん?」
「僕がもし最低な殺人犯だったら、今此処にいるナマエさんは死んでたんじゃないかって思ったんです」
「ふむ」
「ああやって僕の声を聞いてくれないナマエさんが僕は嫌いで、どうしようもなくて、もしも僕がそんな最低な人間だったらって思ったら」
「タスクは良い子だからそんなことしないでしょ」
「違うんです可能性の話なんです、僕、僕は、僕はナマエさんを」
「こらこら勝手に殺すな、ちゃんとわたしは生きてるよ」
「――ナマエ、さん」
首を締めそうな勢いで掴みかかるこの子をゆっくりと宥める。良かった、まだちゃんと良い子。
この子の赤い色をした目は大好きだ、見ていてとても安心するから。
その赤い目からぽろぽろと大量の涙を流すこの子の綺麗なこと、この場にいるのがわたしでなかったらこの子はどれだけ幸せなんだろう。
「ヘッドフォンに嫉妬したんだ」「……ちがいます」「可愛い子め、よしよし」
そう言っていつものように頭を撫でる。我儘な子にはよしよし攻撃が一番だ。
そうやって散々弄ってやれば耳まで赤くなったタスクの姿が視界に入る。初々しいし体制ないし、こういう時のこの子はちゃんと年相応に見えてとても安心する。
わたしとしてはこういった幼い姿の方が好きだけど、世間としてはそうもいかないんだよね。知ってる、ちゃんと分かってるよ。
机の上に放置されたヘッドフォンと携帯端末を横目で見る。ふわふわの水色を撫でながら頭の片隅で嫌な思考を無理やり除外した。
――家族でもない奴に慰められたところで何も。
そんな冷たい言葉を脳内から無理やり削除する。
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