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 ||| 伝説の勇者と一般人


「やあ!僕は伝説の勇者タスク!」

そう言って微笑む目の前の彼(と言って良いのだろうか)に私はただ言葉を失った。
中途半端に開いたパック、残った四枚のカード、私に手を差し伸べる彼、カーテンの閉めれた暗い部屋。
空いた口が塞がらないとはまさにこの事だ、顎が外れそうな勢いで口を開けたまま冷や汗を流す。
ブルーライトが眩しいパソコンのデスクトップにはみんなのアイドル龍炎寺タスク様、そして目の前にはそんなタスク様と瓜二つな伝説の勇者様。
冷や汗に濡れたシャツが気持ち悪い、けれど今の状況を考えるとそんな我儘言ってる場合じゃない。
にこりと笑って私に手を差し伸べる勇者様に、スローな動きで手を握り返す。浮かべた笑みを一層深めて嬉しそうな声を出す勇者様に苦笑いと冷や汗が止まらなかった。

「君が僕のバディなんだね」
「え、あ、あの、たす、た、あえええ!!?」
「たす?僕の名前はタスク、伝説の勇者タスクだよ!」
「勇者様マジレジェンド!!」
「伝説の勇者!」
「すみませんでした伝説の勇者様!!」

そう言って満足そうに微笑む目の前の彼は本当、みんなのアイドル龍炎寺タスク様にそっくりそのままだ。装備品を脱いでラフな格好になれば本当…双子、またはクローンなのではないかと思う程。
物珍しそうに私の部屋を見回す彼に私はただ呆然とするばかり。暗い部屋の光源となったままのパソコンに映る青髪の存在を忘れて、私は慌てて部屋の電気をつけた。
「魔法でも使ったのかい!?」と驚く伝説の勇者様に何と無く安心感を覚える。言い表すならば、電気を知らない昔の人の反応に近い。
ちかちかと白く光るLEDを無視して伝説の勇者様を座らせる。まさかこんなところでバディとの出会いを果たすとは、というか今夜だよ夜中の11時だよパパにもママにもおやすみなさいって言っちゃったよなんてこと!
うーんうーんと悩む私を放置してあれはなんだいこれはなんだいと質問を繰り返す伝説の勇者様に少しの溜息が漏れた。

「これは?」
「それは目覚まし時計です、毎日決まった時間に音がなります」
「これは?」
「それはぬいぐるみです、可哀想だから剣を突き付けないでください」
「これは?」
「うわああああパソコン閉じるの忘れてた!!すみません、忘れてくださいお願いです!!」
「その中に居るのはもしかしてこっちの世界の僕?こっちの世界の僕はそんなところに閉じ込めらているのかい!?」
「違います違います、違いますから剣を下ろしてください壊れたら困りますから!!」

そう言って背中にパソコンを隠し必死に説得を繰り返す。なんだこの人、電気もパソコンも知らないって本当昔の人というか何処の民族だこの人!
大声で叫びたくなる欲を無理やり抑えて深呼吸をする。一先ず剣は下ろしてくれたようだ、それだけでもだいぶ助かる。
まるで何が悪いのかと言いた気な顔をする伝説の勇者様に本日何度目かわからない溜息をついた。
何故こんな夜中に、とも思ったがそういえば夜寝る前にパックを開けようと楽しみにしていたのは自分だった。何てこと。
ベッドのそばに置かれた、私が元々使っていたダンジョンWのデッキ。魔王様を中心としたデッキなんだけどこれは解体しなきゃだめかなあ。

「そういえば君に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいことですか?」
「うん。こっちの世界の僕に会いたいんだけど、如何したら会えるかな」
「あー…それは……」

すみません、会えることなら私も会いたいです。喉元まで出てきた言葉を飲み込んで曖昧な返事を返しておく。
会える可能性が無いとは言い切れないけれど、あると言うことは出来ない。うーん、と考えるふりをしてこれからの事、パパとママに対する説明、一先ず今日これから私は眠れるのかだけを必死に考えた。
この伝説の勇者様は目を離したらすぐ部屋を漁り出す、RPGのお約束がこんなところで健在するとは。
人のベッドに潜らないでください、本棚の後ろには何もありません、窓を開けようとしないでください。そんな注意をしながら頭を働かせるのは割と…というかかなり大変だ。
伝説の勇者様まじフリーダム。そんなことを心の中で叫んでいれば伝説の勇者様は私のデッキに気付いたらしく、何故か大人しくベッドの淵に腰掛けた。

「なにか物珍しいものでもありましたか?」
「……君は魔王の手下なのかい?」
「はい?」
「君は魔王の手下なのかい!?何故魔王の入ったデッキを使っているんだ、何故魔王をバディにしてるんだい!」
「え、いや、あのこっちの世界じゃバディファイトは遊びだし…」
「魔王は倒すべき敵なんだ、絶対的悪なんだ!次からは魔王の入ったデッキなんか使ってはいけないよ、分かったかい!?」
「ええええ理不尽!!」

理不尽じゃないよ、それが伝説の勇者のバディたる君の務め!だなんて堂々と言い張る伝説の勇者様に頭痛と溜息が止まらない。前々から冒険者デッキは組みたいと思っていたしそれ自体は構わない、けれどまさかこんな形で叶うとは思っても居なかった。
私の両手を丁寧に握りながら拗ねたような顔をして説明する伝説の勇者様が可愛らしくて、少しだけ笑ってしまう。どうして笑うんだい!と怒ったような言葉もまた子供のようだ。

「伝説の勇者様、なんで魔王様デッキを使っちゃいけないんです?」
「それは勿論君が魔王の手下だったら君を倒さなくちゃいけなくなるからだよ。僕のバディにはきちんと後ろに立ってもらう義務があるからね」
「え、えーっと…つまり?」
「君を倒したくないってこと」
「伝説の勇者様のデレ頂きましたありがとうございます!!」


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