||| 四鬼将と清掃委員
僕は戦国学園の生徒、ぴかぴかの一年生。
周りの皆と違って僕はとても非力。僕を強くさせたいと思った両親が今年から入学させた。
バディファイト地獄って言われるこんな学校に入学したはいいけど、僕は正直バディファイトが強くない。喧嘩も強くない。力も強くない。
けどそんな僕にも特技はあるんだ。
僕の唯一の特技、それはお掃除。お掃除だけが、僕の取り柄。
「苗字氏、お主を清掃委員長に任命するでおじゃる」
「…ふえ」
何が起きた。
生徒会室にお呼びだし、と聞いて良い予感がする人は居ないだろう。
緊張で身を固めながら入室した直後のこの言葉。委員長?僕が?そんな実力ありません。
脳内でそう思っても口に出せるわけじゃない。思ってることがそのまま言葉になれば良かったのにと今日ほど思ったこともない。
目を見開いてぽかんとする僕の頬を先輩がつついてきた。えっとたしか、寮長で三年生の金蛇先輩。驚きで微塵も動かない僕の頬をにやにやしながらつついている。
この部屋にいるのは五人。手札の君先輩、金蛇先輩、霧雨先輩、毛村くんの四鬼将の皆さん。と、場違いな僕。
物凄い勢いで冷や汗が流れる。僕は強くないです、掃除しか取り柄のない中学一年生です。
泣き出したい気持ちを抑えて、緊張で裏返った声のまま問いかける。僕、一体何かしたでしょうか。
そんな必死の言葉に返ってきたのは霧雨先輩の綺麗な声だった。
「正当な評価です。貴方の行為は称えられるべきもの」
「で、でもあの、僕掃除しかしてなくて」
「其れが評価されたのです」
「僕ファイト強くないです!」
「抑も、貴方に決闘を挑む輩が居ると思うのですか」
…そういえば僕、ファイト挑まれた事が殆ど記憶にない。
あれ?と冷や汗を垂らしながら必死に自分の記憶を探る。入学以来、僕は授業以外で何度ファイトした?
掃除を始めたのは入学した四月の二日目、今は何ヶ月経っただろうか。本当に記憶にない、あるのは掃除をしている僕と――ナマエちゃん呼びで僕に挨拶する生徒のみなさんだけ。
冷や汗が止まらない。緊張と不安で胃が痛くなってきた、僕が一体何をした。いや掃除をしただけだ。
隣で頬をつつく金蛇先輩をちらりとみる。ああ、なんていい笑顔をされているんだろう。僕の場違い感が浮き彫りになる。
霧雨先輩は変わらず綺麗なお顔で僕を見てる。毛村くんは僕を見ていないけど、バディのシルフちゃんは僕のことを物凄い勢いで見続けてる。隣の金蛇先輩はやっぱりいい笑顔。手札の君先輩は――扇子で口元を隠してる、表情が分からない。
これが四鬼将のプレッシャーか、僕は本当に何もしていないのに何故此処にいるんだろう。
清掃委員長なんて辞退したい、けどしたらしたで後日が怖い。
「…あの、何故僕がこんな立場を……」
「苗字氏、謙遜もしすぎると失礼にあたろう」
「す、すみません。けど僕本当に何も…」
「ナマエ、知ってるか?お前寮生から清掃のお姉さんとかあだ名付けられてたっしょ」
「おね…?僕男ですけど……」
「ナマエちゃんってば本当に何も知らないのね!あなた女の子と間違われてたのよ!?」
「は……え?女の子に?えっ、そ、それってどういう」
冷や汗のせいで僕のシャツが湿ってる、正直気持ち悪い。ああもう心の底から叫びたい、僕が一体何をした!
僕が女の子に間違われる?そんな馬鹿な。僕は生物学上男と診断されていて、この学園にも問題なく入学して、寮に入り、学生としての本分を全うしている。何処に女の子と間違われる要素があるというのか。
ぷんぷんと可愛らしく怒るシルフちゃんに少しだけ笑みが零れた。けれど笑ってる場合じゃない、取り敢えずその女性という疑惑が何処から上がったのか調べなければ始まらないじゃないか。
呼び出された原点を忘れて犯人探しに一人燃える。僕は男だ、確かにお掃除してる時は汚れても良いように実家から持ってきた浴衣来ているが…それでも男物、見ればわかる筈なのに何故?男だけの環境とはそんな判断も出来ない程酷いのか。
他の考え事で吹っ飛んだ僕の意識を金蛇先輩が呼び戻す。そういえばこの人、なんでずっと僕の隣にいるんだろう。
「な?ナマエ、犯人知りたいっしょ」
「それは勿論ですけど…」
「ならば是非委員長という立場を受け入れるべきだと私は考えますが」
「な、何故ですか…?」
「この学園の生徒だと判別すれば以前まで性別を勘違いしていた者達の認識を改めることが出来るでしょう。そして、それに対して理不尽な怒りをぶつける人間も多々現れる筈」
「そいつ等をファイトでボッコボコにすればいつか犯人と当たるわけね!」
「ケロケロ」
「ま、待ってください、僕ファイト苦手で弱いし…無理ですそんなの!」
「苗字氏、其方に他の道はないでおじゃろう」
「手札の君先輩まで…」
「ほれ」
短い言葉と共に僕へ何かが投げ渡される。なんだろう、何処かで触った事のある紙質だ。
丁寧に四つ折りにされた紙を開く。ああそうだ、何処かで触ったことがあると思ったらこれ校内新聞だ。よく新しい物を貰って貼り直しているから覚えがある。それにしても何故今こんなものを――。
〈中等部一年苗字ナマエ清掃委員長に任命される!?〉
〈清掃のお姉さん、本当の性別〉
〈衝撃!皆のアイドルナマエちゃんは――「うわああああああ!?」
読むに耐えない見出しの数々、今度こそ叫ぼう。僕が一体何をした!
手札の君先輩の「清掃しかしてないでおじゃろう」という言葉にすらもうつっこめない。自分の心の中で同じ言葉を何回言ったと思っている。
僕は男だ、というか先ず委員長の立場を受け入れてなどいない。こんなの捏造じゃないか、いつの世もこんなものばかり!
絶望感に襲われすぎてもう何も言えない。こんなもの見なければよかった…。
ニヤニヤと笑う金蛇先輩にももう触れることはない、というかそんな体力がない。手札の君先輩は絶対に許さない。
心配そうにする霧雨先輩に小さく謝罪を入れて、震える身体に鞭を入れ真っ直ぐ立つ。校内新聞は昨日貼り替えたばかり、昨日の今日で新しいものが出る可能性は殆ど無いし…どうせ手札の君先輩が一部だけ作らせた偽物だろう。こんなもなで僕を動揺させるとはまだまだ甘いものだ…しっかり動揺したけれど。
「どうじゃ?委員長に任命される気になったかの」
「噂の出処って……」
「ほほほ、何のことやら?処で苗字氏、早めの決断を――」
「――分かりました」
「ふむう?」
「手札の君レア麿先輩を地に落とす為清掃委員長になります」
ドスの効いた声でそう言い放つ。あれ、僕ってこんな声だっけ。
少しだけヒクつくほっぺに触れてみる。感覚は何時もと変わらない、ちょっとだけ摘めば痛かった。よかった、夢じゃない。
隣で大爆笑している金蛇先輩を無視して話を続ける。普段と変わらない自分の声に安心した。
完全に固まってる手札の君先輩を放置して、唯一まともな霧雨先輩へと向き合う。霧雨先輩も少しだけ驚いたみたいだけど、すぐに戻ってちゃんと言葉を返してくれた。
普段と変わらずへにょりと笑う。そういえば僕バディモンスター居ないんだけど良いのかな。
ふよふよとシルフちゃんのリボンをちょいとつついて僕は笑った。
「ところであの校内新聞なんですが…」
「ああ、あれでしたら既に校内に貼られていますよ」
「え、う、うそ!?」
「号外だそうです」
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