text | ナノ
 ||| ワダツミ様と眠る


海を眺めると幸せな気分になるの。そう言って目を閉じるお前の姿を見るのはその日が最後だった。

おいで。そう言って手を差し伸べる。青い水の中、海の中、白い空気が上に上ってゆく。
死ぬなら白い泡の中で、貴方様のお側で死にたいものです。そう言ったお前の言葉、叶えてやるには少しばかり遅くなりそうだ。
光の屈折により輝く水中、透明の中に青の溶けた世界。
死んだように眠るナマエの姿にそっと寄り添い手を握る。人間とは妙なものだ、何故神とこれほどの差を生み出したのか。西の国の創造主を少しばかり恨んだ。
白い肌に触れる。まるで水のように冷たい体温だ、一体どれほどの時間水の中を彷徨っていたのかがよく分かる。
海を見るお前の目は何時も優しかった。生まれた場所、源。雨の日だろうと風の日だろうと、雪が降ろうと彼女は何時も海を見ていた。同じ場所で、同じ世界を見つめて。

「のう、我は何時迄待てば良いのだ」

そう呟いて、冷たい頬に手を伸ばす。魚は人が触れると火傷をすると言うが、神にもそれは当てはまるのだろうか。
最も、神に体温などという概念があるのかすら危ぶまれるが。
白く冷たく、人とは思えない姿。固く目を閉ざし、眠りについたまま。
世界の生贄にされたあの日の記憶は鮮明に残っている。何時もの場所で海を眺め、少しばかり涙を流していたあの日のナマエ。
民の罵倒、波の音、苦しむナマエを助けることの出来ない我の姿。
眠りについたままのナマエの頬をそっと撫でる。何故目覚めないのか、お前は人で亡くなったのか。
聞きたいことなど山程ある、けれど全てお前が目覚めなければ意味がない。幾年待ったか、どれ程時間が過ぎたか。優に千年は越えたのだろうか。
なあナマエ、お前を殺した輩はもう居ないのだぞ。そんな問い掛けに答える者など居ない。
既に幾年待ったか。同じ問いかけを繰り返し、あの日と変わらぬ姿で眠り続けるナマエにそっと口付けた。


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