||| 08
ぱちりと瞬きを繰り返す。何処をどう見ても僕の部屋だ、職場から少し離れたマンションの一室。
どうしてタスクくんが此処に?と疑問を投げかければ、仕事早めに上がらせて貰ったんです。そう笑顔で答える彼に安堵の息が漏れた。
小さく手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。うん、不透明だ、これは夢じゃない。
お気に入りのカーペット、観葉植物、枕。いつもと何も変わらない筈なのに、何故か小さく不安感を抱く。僕はさっきまで赤い…、いや違う。それは過去の思い出だ、今僕は現実に立っている。
小さく頭を抱える僕を不審に思ったのか、タスクくんが「大丈夫ですか?」と声をかける。そうだ、僕は確か倒れて…。
「そうだ、奴は!?ハーティは…」
「クリミナルファイターは僕が捕まえました。ハーティさんは恐らくデッキの中に…」
「そっか…なら良かった」
そう思い全身の力を抜く。自分の枕はいつもと変わらずふかふかだ。
少し目を瞑って脱力を楽しむ。疲れているのだろうか、散々寝ていた筈なのにゆるく眠気が襲ってきた。
タスクくんの悲痛そうな顔に僕は気付かないまま、心地よい眠気に身を任せる。眠るか眠らないかの曖昧なラインのままで。
「…ナマエさん」「うん」「ナマエさんは…」「うん」
短い返事のまま次の言葉を促す。人が真剣に話している時は、下手に口を挟まないほうが良いから。
薄く目を開けて確認する。ベッドサイドに座るタスクくんは俯いて、綺麗な水色の髪のせいで表情は一切伺えない。
緊張した声色のまま、タスクくんは言葉を続けた。
「ナマエさんは――夢って、見ますか?」
「…見るけど、どうしたの?」
「あの、僕……」
顔を上げないまま言い淀むタスクくんに、僕は彼を抱き締めてあげたいと只々思った。
相変わらず水色の髪に防がれて表情を見ることはできないが、声色からどんな顔をして居るのかなんて想像はつく。
全身が痛い、起き上がるのは難しいが手なら握れるだろう。そう思い彼の両手をそっと握る。
子供の筈なのに、とっても冷たい小さな手。大人になっても子供体温なままの僕と大違いだ。
「…ナマエさんは、夢って好きですか?」
「好きだよ。僕の理想の世界」
「それってどういう…?」
「――タスクくん、夢の中の話しよっか」
目を瞑ったまま、彼の手を握ったままそう言う。寝る前御伽噺を聞かせる、親のような感覚で。
理想の夢、御伽噺。お姫様と王子様の幸せなお話、可哀想な魔女、林檎の木。タスクくんの白い手が僕の手から滑り落ちる。
〈夢〉とは深層心理の現れ、視覚像、望むもの、理想。僕の理想はきっと此処にある。誰かに守られて、一人で居なくてもいい。そんな我儘。
「タスクくんは、夢って好き?」そんな意味の無い問いかけに答える声はない。俯いたまま、僕の手を見つめたままで。
「夢って自分の理想なんだ。だから僕はきっと、最低なことを望んだまま」
「そんな、ナマエさんは悪く…」
タスクくんが俯いた顔を上げる。切なさに揺れている瞳が綺麗すぎる。だから君は、一人のまま――。
「僕の結果なんだ、それを望んで選択してきたからこうなった。僕我儘なんだよ、だからタスクくんは罪悪感を感じる必要はない」
「ナマエさん…それは違います。僕が…」
「未来ある子供に罪はないよ。僕はもう大人だし」
「所詮夢なんだ、目が覚めたら僕も君も一人」
そう言う僕の顔を見つめるタスクくんは、酷く傷付いたような顔をしていた。僕はそれを理解して話を止める。
誰の為でもなく、ただ話すことはもうないと理解したから。弁解なんてするつもりもない、する必要もない。
夢とは結局独りよがりでしかない、見ている内容だって結局僕が望んだもの。僕はずるい人間だ、自覚し直したからこそそれが明るみに浮き出る。
泣きそうなタスクくんの手をそっと握る。君は何も悪くない、責任を僕に押し付けてしまえばいい。そうすれば、君は幸せになれる筈だから。
そう思い、彼を見る。泣きそうな顔のまま、目に涙を浮かべたまま彼は。
「…じゃあ、冷めない夢ならいいんですか?」
「……タスクくん」
「冷めない夢ならナマエさんは僕のことをを見てくれるんですか?だって僕は、僕は貴方の事が――!」
彼は苦しそうにそう言った。やっぱり君は優しすぎる。
貴方の事が、に続く言葉を発すことなく涙に埋もれる。苦しそうな嗚咽、ぼろぼろとこぼれ続ける涙。
やっぱりそうだ、僕の見ていたあれは夢なんかじゃない。そう思って少しだけ目を細めた。
彼を責めるつもりはない。中途半端に接してきた僕が悪かったんだ、家族として接するには覚悟が足りなさ過ぎた。
多分、僕の状態を表すのにぴったりな言葉は〈同情〉。
過去の僕と同じ道を通った君に対する、哀れみの気持ち。
僕は最低だ、今更そんなことどうしようもない。自覚した所で何が変わるとはとても思えなくて、僕は細めていた目を閉じる。
僕と違って優しすぎた少年、僕よりずっと幼い少年。
これから彼をどう導けば良いんだろうか、僕が彼を導いて良いんだろうか。ただそれだけを思って彼の水色の髪をそっと撫でる。
ゆっくりと目を開けて、彼の水色を視界に収めながら僕は言った。
「タスクくん、僕たち距離を置こう」
「……」
「僕たち近過ぎたんだ。だからもう、リセットさせてほしい」
――君の為に。
その言葉を伝えないまま僕は再び目を瞑った。だから今、タスクくんがどんな顔をしているのか僕は知らない。
僕を恨むだろうか、僕を軽蔑するだろうか、それとも君は泣くだろうか。
僕の手がベッドから滑り落ちる。タスクくんの手の感覚は何処にもない。
ごめんね、と謝る言葉が伝わったか如何かも分からないまま僕は眠りに落ちて行った。
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