text | ナノ
 ||| キリくんとお姉ちゃん


「キリ、どうかした?」

そう言って、お姉ちゃんはぼくの頭をそっと撫でる。お姉ちゃんのあったかい手が心地よくて、ぼくは目を瞑った。
お姉ちゃんの膝の上で、向かい合って座るぼく達はなんだか恋人同士みたい。えへへ、と小さく笑うとお姉ちゃんはぼくの背中に腕を回しました。
きし、とぼく達の座るベッドが音を立てる。目を開いてお姉ちゃんを見つめれば、少しだけ眉を下げる様子が見えて…なんだか、ちょっとだけいやな気持ちになった。
ぎゅ、とお姉ちゃんに抱きついてみる。あったかくて安心する、お姉ちゃんの体温。昔もこうしてぎゅってしてくれて、ぼくはそれがとっても大好きだった。
「キリは甘えん坊さんだね」
そう言ってぼくを抱き返してくれるお姉ちゃんに安心する。よかった、いつものお姉ちゃんだ。
おでことおでこをくっつけて、にこって笑うぼくの大好きなお姉ちゃん。ぼくの一番大好きな笑顔。

「ぼくね、お姉ちゃんだいすき!」
「わたしもキリの事大好きだよ」
「ほんと?」
「うん」

――じゃあ、ずっと一緒だね!
そう言ってお姉ちゃんの、骨みたいに痩せた手を取る。点滴の痕の残った、綺麗なのに痛々しい腕。
真っ白い二の腕がぼくの視界に入ってきて、やっぱり変な気分になる。お姉ちゃんに怪我させるのは、お姉ちゃんに傷を残すのはぼくだけで良いのに。
お姉ちゃんの胸に顔を預けて、ちょっとだけ口角を下げる。お姉ちゃんには見えてないから、平気。
ぎゅっと歯を食いしばって、ため息を吐きそうになる自分をどうにか抑え込んだ。お姉ちゃんはぼくのお姉ちゃんなのに、こんな事になるのなら病院なんて連れて行かなきゃよかった。
お姉ちゃんの背中を撫でる手が心地良い。…お姉ちゃんはきっと、ぼくがこんな酷いことを考えてるなんて知らない。んだろうなあ。
もぞりと動いてお姉ちゃんの首筋に擦り寄る。くすぐったそうにするお姉ちゃんにちょっとだけドキドキした。
だめだって分かっても抑えられない。だって、ぼくお姉ちゃんのこと大好きだから。

「やだ、キリくすぐったいよ」
「だってお姉ちゃんのこと大好きだから…だめ?」
「だめ…ではないけど」

その言葉に、お姉ちゃんはぼくの背中を撫でるのを止める。やめないで、と言える雰囲気じゃないのは確か。ぼくだって我儘ばっかりじゃないもの、今はこうしてぎゅっとするので十分。
そう思って、お姉ちゃんの首に腕を回す。病院のご飯あんまり食べてないのかな、むかしぎゅってした時よりも痩せたように感じる。
困ったように眉を下げるお姉ちゃんにちょっとだけ笑いがこみ上げた。お姉ちゃんがぼくのことで困ってる、ぼくがお姉ちゃんを困らせてる。それってとっても幸せなこと。
お姉ちゃんはぼくだけで見てくれればいいの、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは――――。

「ほらキリ、そろそろ時間だから…」
「お姉ちゃん、今日暇じゃないの?」
「ごめんね、この後会わなきゃいけない人がいるの。キリも、あんまり遅くなるとお母さん達心配するでしょ?」
「――会わなきゃならない、人?」

誰、それ。

自分でも驚くほど冷たい声が出る。あれ、ぼくこんな声だっけ。
顔をあげれば、びっくりしたようなお姉ちゃんと目が合う。あれ、なんでそんなに怯えた顔してるの?お姉ちゃん、ぼくにそんな顔した事一度もないのに。
お姉ちゃんが小さくぼくの名前を呼ぶ。眉を下げて、返事をすれは普段のお姉ちゃんが戻ってきた。
よかった、いつもと同じ表情のお姉ちゃんだ。そう思ってぎゅっとお姉ちゃんに抱き着く。もう帰らなきゃお父さんとお母さんに怒られちゃうから、さようならの挨拶。

「気を付けて帰ってね。寄り道しちゃだめだよ」
「へいきだよ。また明日来るね!」
「うん、ばいばい」

そういって、お姉ちゃんに手を振り返す。白いお部屋を遮断する扉を閉めて、沢山の色のある外へ帰ってきた。
明るい色のお花、オレンジ色の夕焼け、緑色と茶色の地面。いつもと変わらない帰り道、ちょっとだけ幸せな帰り道。
昨日も今日も、明日も明後日もずっと同じ道で同じ風景。そうだ、今度牙王くん達も呼んで一緒に行こうかなあ。
お姉ちゃんのびっくりした顔と、喜ぶ顔が目に浮かぶ。ぼくにもお友達が出来たって知ったら、お姉ちゃんはきっと喜んでくれるから。
ふふ、と笑って空を眺める。ぼくの視界には変わらないオレンジ色が――――。

「みず、いろ……?」

オレンジ色の夕焼けの中に、小さな水色の影を捉える。ぼくと違ってとっても色濃い、はっきりと見える綺麗な水色。
その水色の側を飛ぶ、緑色の竜。しってる、彼はみんなが大好きで、みんなの憧れの……。
どうしてこんな、病院のすぐ側を飛んでるんだろう。こんな場所までパトロールしに来てるのかな。
そう思って、肌身離さず持っているスマホを取り出す。
五時五十八分、九分……六時。
嫌な感じがする。なんだろう、この気持ちが悪い感覚は。嫌だ、吐き気が収まらない。
すぐそばにある芝生の絨毯に膝をついて、大きく深呼吸をする。だいぶ呼吸が整って来た、ぼくは何をしていたんだろう。

オレンジ色の夕日を受けて、同じ色に染まる病院。
いつもと変わらない、いつも帰りに見る光景。そうだ、ぼくは水色なんて見ていない。早く帰らなきゃ、お母さんからお姉ちゃんに連絡が入っちゃう。
帰ろう。そうだ、ぼくは水色なんて見ていない。

――お姉ちゃんのお部屋の窓に入って行った水色なんて知らない。
知らない、ぼくはなにも見ていない。
そう思って帰路を急いだ。


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