text | ナノ
 ||| 鈴羽ちゃんと林檎


(百合)


目。
顔を近づけて、彼女はそう言った。ぱちりと瞬きを繰り返すわたくしに気遣いの鱗片も見せず、この子はただわたくしを見つめる。
目がどうかしたんですの?と聞いても返事は一切返って来ないまま。動こうとすれば片手で頬を掴まれ、彼女に触れようとすれば空いた片手で阻止される不思議な感覚。
何がしたいのかしら、そう思い目を瞬かせる。普段は直ぐ側にいるセバスチャン、並びにミツコとサダコは今は不在。恐らくは部屋の外で待機しているのでしょう。
あと少しで唇が触れる距離。原罪の林檎と同じ色をしたその唇に、ぞくりとした興奮が背筋を駆ける。
あと少し、二センチ、一センチ――――。

「だめ」
「な、なんですの?突然…」
「鈴羽、期待したのかな」

ぞわりとした興奮が一気に冷める。
林檎の赤色はすぐに遠くへ消えて行き、唇に残った熱は解放されないままぐるぐると回り続ける。
不快だ。そう思っても小さく頬を膨らませる事しか出来ない自分がどうも歯痒い。
蝶のような美しい形をした髪がゆるりと揺れる。彼女の指の隙間から零れ落ちる、わたくしの金色の髪が妙に誇らしく見えたのは何故かしら。

「ねえ、一度だけしてくださらない?」
「駄目だよ。嫁入り前のお嬢様にそんなこと」
「タスク様はわたくしの婚約者。ならば貴方はわたくしの…そうね、妹にしましょう。そうすればいくらでも出来るわ」
「鈴羽、法的拘束って結構脆いよ?」

そう言って、曖昧に微笑む貴方の笑顔はとても美しい。
するりとした、細長い指を私の頬に滑らせる。
先程に限りなく近いシチュエーション。ぞくりと皮膚を粟立てながら、彼女の手に私の手を重ねる。
緩い温度が窓から差し込む。天空ルームを茜色の夕日が染め上げて、彼女の頬に私の影を作って。
――青い目。

「鈴羽の目、好き」
「全くもう、今日は何なんですの?普段は嫌がる癖に…」
「好きだから近付いただけだよ。だめ?」
「駄目じゃない、ですわ。けれど…」

けど、何?
そう言って髪を耳に掛ける彼女の仕草に心臓が大きく跳ねる。ドキドキする、その綺麗な首筋に触れたいと思ってしまう。
駄目よ鈴羽、それは罪だもの。
そう思っても止まらないわたくしの体。ふわりと金色の髪が揺れる。風に吹かれて、柔らかく。
「ナマエ、貴方綺麗だわ」「お嬢様にお褒め頂き光栄です、って言えば良いのかな」
そう言って脱力したようにへなりと笑う彼女に呼吸が乱れる。この感覚は一体なんなのかしら、そう思っても自覚することは出来なかった。だってそれはまるで――。

「ねえ鈴羽、林檎って原罪なんだって」
「ええ、知っていますわ」
「食べようって言ったら、食べてくれる?」

そう言って彼女は窓の外を眺める。燈色の景色のその先。黄色でもない、白の果て。
赤色の唇が妙に心臓を刺激する。ああ、わたくし可笑しくなってしまったのかしら。
それを理解する前に、彼女の林檎へとわたくしは口を付けた。


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