||| ソフィアちゃんと白色
(勝手にワンドロ作品)
――赤の瞳。
目を開くのが嫌だった、目を閉じているのが好きだった。
暗い世界でぼんやりと佇みながら、目を伏せたまま遠くの世界を見つめる。目を閉じれば沢山の星が瞬いて、輝いて、わたしに綺麗な世界を見せてくれるから。
ずっと昔からから言われてきた。わたしの色は汚ないって、気持ち悪いって。
だからわたしは目を開けたくないの、ずっと閉じたまま世界に閉じこもっていたいの。ただ、誰とも関わりたくない。
そう思って、逃げるように伸ばした前髪を両手で掴む。伸ばした前髪の奥では、うっすらと開けた瞼の隙間から白すぎる赤色が覗いていた。
「ナマエ様、お兄様がお呼びです」
「……いきたくない」
「ナマエ様、しかし」
「いきたくない、部屋から出たくないの」
そう言って、扉に背を預けたまま蹲る。
お兄様の綺麗な茶色の瞳を思い出して、何故か泣きそうになった。
お兄様はだいすきだ。優しくて、賢くて、財閥の長として相応しい存在。けど妹のわたしは、愚図で間抜けでのろまで、汚ない色のまるで駄目な子供。
ぽとりと床に涙が落ちる。ソフィアのことだってとっても好きなのに、酷い言葉で拒絶するしか出来ない。
ぎゅ、と頭から被った毛布を抱きしめる。
床に散らばった、わたしの長い白い髪が何故かとても怖くなった。
――先天性白皮症、綺麗に言えば〈アルビノ〉。
部屋の灯りをつけないまま、自分の手をそっと眺める。赤い血の色の浮いた、真っ白なわたしの皮膚。
薄く骨の浮いた腕、折れてしまいそうな脚。いっその事、折れてしまえば良いと思うほど華奢な身体。
ああ、これでわたしが白くなかったら、普通だったらどれほど良かったか。お兄様と同じ茶色ならどれだけ良かったか。
そう思って小さく涙を流す。わたしの嗚咽に反応したソフィアが扉の向こうで声を掛けた。
「ナマエ様、泣いていらっしゃるのですか」
「…ソフィア、行っちゃったかとおもった」
「ナマエ様を置いて行くことは出来ません」
「…ごめんね」
そう言って、小さな身体を更に小さく丸める。怖い、外に出るのがとても怖い。
周りの大人の好奇の目が、拒絶の言葉が怖くて仕方がない。外に出るのが、どこまでも嫌で仕方が無い。
立ち上がっても床に落ちる、流れるような白い髪。お兄様は綺麗だと褒めてくださった。ソフィアだって、好きだと言ってくれた。それなのに――。
怪訝そうな声でソフィアが名前を呼ぶ。ごめんね、と小さく謝れば「ナマエ様が謝ることではありません」と直ぐに言葉を返された。
人に見られるのが嫌で、記憶の中では一度も切った事のない長い髪。お兄様が好きだと言ってくれたから、自分からでも切ることは無かった。
長い髪が、ベッドから伝うようにわたしの元へと繋がっている。まるで白蛇のようだ。
ベッドサイドに置かれた、ダークコアデッキケースの中に存在するバディを思い出す。わたしの白を分かってくれた、大切な相棒。
「ナマエ様、お兄様をお呼び致しましょうか」
「…それはだめ、お兄様に迷惑掛けちゃうから」
「……ではナマエ様が外に出られるのですか?」
「……わかんないよ」
涙声になりながら、ソフィアと扉越しの会話を繰り返す。
お兄様に迷惑はかけたくない、けど部屋からは出たくない。そんな、わたしの我儘を勝手に苦悩に格上げして。
わたしと同じように真っ白の毛布。天蓋の付いた真っ白のベッドに、チェストや鏡や、クローゼットにカーペットまで何もかもが白い部屋。
ただ違うのは、その白がわたしと違って青色を持っていること。
薄暗い部屋の中で、ぼんやりと目を開けた。長い前髪に阻まれて視界が悪い。
心配そうなソフィアの声がよく聞こえる。少ししゃがみ込んで、近くに来たのだろう。
こうやって心配してくれる人にわたしは甘えている。それを自覚しているからこそ、わたしの汚い目から涙が零れた。
真っ白の扉越しに、わたしとソフィアは話をする。
距離なんてゼロに近い筈なのに、その白が彼女を拒んで許してくれない。
わたしの世界に入れるのは、心から愛するただ一人のお兄様のみ。
何がいけないのか、何が怖いのか、わたしにはなにも分からない。ただ分かるのは、わたしが汚い色で、人を拒絶して、傷付ける事しか出来ない汚い存在ということ。
――お兄様のような色だったら、誰も傷付けることは無かったのかな。
そんなあり得ない夢を見て、二つの赤色をそっと隠した。
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