text | ナノ
 ||| ルキエさまと小鳥


鞭を叩く音が響き渡る。鞭の主の部屋に作られた大きな鳥籠の中、一匹の小鳥は外の様子を音だけで感じ取った。
外に出たいとも思わない、外を知りたいとも思わない。足枷を掛けられたままの小鳥は目を瞑る。外には星が輝き、月が世界を照らす時間だった。
窓から零れる光に眠気を誘われる。寝てはいけない、それは理解していても抗えない魔性の光。
眠っていても主人は起こしてくれない。それどころか、虚無から解放されて以来目が覚めると直ぐ側で眠りについているのだから毎度驚かされるのだ。
月の光は傾いて、少しづつ光が遠ざかる。暗闇は苦手だ、何も見えなくなってしまうから。
鳥籠の中に置かれた、可愛らしいぬいぐるみを抱きしめる。主人が買ってきたのだろうかと思うと少しだけ笑いがこみ上げた。
――会いたい。
そう思って目を瞑る。公演はいつになったら終わるのだろう、早く帰って来ないだろうか。
貴方の白い髪に触れたくて――――。

「…ナマエ、眠ってしまったの?」
「おきてます……」
「眠っていても良かったのに、馬鹿な子」
「いやです、こわいです…」

夢と現の境目が曖昧になった状態で、主人の言葉に返事をする。上手に返事が出来なくても、主人は理解してくれるから凄い人だ。
飼われて直ぐはあれ程怖くて逃げ出したかった筈なのに、自分でも驚きの変化だと密かに自覚していた。
蹲ったまま、着せられた真っ白なワンピースを握りしめる。肩紐が緩んでこぼれ落ちるのを感じて胸が騒ついた。
主人が優しいのは知っている。あの時以来随分態度が丸くなったのも、わたしを過保護すぎる程大切に扱うのも知っている。
主人に虚無が打ち込まれて、そのまま私も"Я"させられて、その後の記憶は一切ない。あの時何があったのかも、あの時主人に何をされたのかも、何一つ。
気付けば悲惨なサーカス会場と、大好きだった黒の消え去った、赤の残る白い髪のルキエさまだけが私の視界に入り込んで。

「悪い事でも考えているのかしら」
「ちがいます、ルキエさまのことです」
「賢い子、それならいいわ。早く眠りなさい」
「ルキエさまがねたらナマエもねます…」
「我儘ね、馬鹿な子は嫌いよ」
「いやです…きらいになるのはいやです」

縮こまって丸くなって、自分の体を抱き締めて小さく呟く。嫌われるのはいやだ、ルキエさまに捨てられるのはいやだ。
こうして主人の側に居られるのは主人の気まぐれ。理由があったとしても…強いて言うならばドラゴンとエルフの血が混ざった子供だからという理由しか思い当たらない。まあ、現代はそれでも珍しいとは思えないが。
主人の気まぐれはどうも理解出来ない。理解しようとも思わないが、少しは知りたいと思うことも無くはなかった。
理解したくない、理解しようとも思わない、けれど捨てられたくない。そんな都合の良い話、普通ならあるわけがない。それを知っていても、分かっていても奥深くに踏み込む事が出来ずにいた。

「…ナマエ」
「はい」
「お前は何も考えなくて良いのよ。何時だってちゃんと殺してあげるから」
「…はい」
「だから早く眠りなさい」
「……はい」

真っ白いワンピースを握り締めながらそっと両目を閉じる。世界が真っ暗になって、少し意識がなくなって、気付いたら朝の明るい太陽が登っている、そんな世界。
昨日も今日も明日も、一年後も十年後も千年後も変わらない、わたしとルキエさまのこれからの世界。
暖かい手がわたしの髪を撫でる。しあわせだ、わたしはいつまでも幸せだ。
暖かさが幸せに変わって、ゆっくりと眠気が襲ってくる。
幸せだ、幸せだ……。
わたしは、しあわせだ。ルキエさまのお側にいる限り、この鳥籠から出ようと思わない限りずっとずっと。

それが彼女の大きな策気付かないまま、小鳥は一人で思い込む。
可愛い小鳥はもう、此処からは出られない。
手袋を外した、骨のような細い手が小鳥の頬を滑った。


back to top
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -