text | ナノ
 ||| メイメイちゃんと約束


綺麗な水と、美しい木々の生まれる小さな和風庭園。緑に色付いた葉がひらりと舞う空間。
赤色の和傘を差した私と、大きな蛇を連れた彼女――メイメイは、赤色の橋の上で佇んでいた。
喜んで水の中に入り込む蛇の頭を撫でてやりながら、庭園の景色を眺める。
風がない為、今一つ気分は乗らないがまあ良いだろう。
隣を見れば、同じように遠くを見つめる彼女の姿があった。
再び水中に遊びに行く大蛇を止めることなく野放しにする。あの子は池の鯉を食べてしまう程愚かではないもの、大丈夫だ。
ふと以前遊びに来たインドの神様の事を思い出す。あの子も悪気があったわけじゃないけれど…いや、その事を今考える必要はないだろう。
池に落ちた一枚の葉を眺める。風が吹く様子はなかった。

「貴方も何処かへ行くのかしら」
「そうねえ、あんまり面倒なことはしたくなかったんだけど……他の子に怒られちゃって」
「貴方が何時迄も此処に居るからいけないのよ。ハクもそう言っていたわ」
「やあねえ、あの子が短気なだけよ」
「そうかしら?貴方がのろまなだけかもしれないわよ」

そう言って口角をあげる。隣に佇む彼女は、腕を組んでため息を一つ付く。
以前までと違い、金色に輝く彼女はとても美しい。旅をやめた私には勿体無い程の元相棒。
赤色の和傘をくるりと回す。子供が、傘に落ちた雨を弾くように。
遠くを見つめる彼女は何も言わず、寂しげに目を伏せてしまった。
同じ方角を見つめ、同じように目を伏せる。大蛇が池の中を徘徊する音、小さな虫の声、彼女の呼吸が酷く大きく聞こえる。
あの時もそうだった、彼女と旅をしていた頃の思い出の中でも。今はもう見れない風景も。

「わたし、ナマエの元から去りたくないわ」
「駄目よ、貴方は求められる存在だもの」
「…ナマエは求めてくれないのに、酷いこと言うのねえ」
「求めていないわけじゃないわ、けれど貴方が此処に居ても腐ってしまうだけだもの。私は旅をやめた、貴方が此処にいる理由はもうないわ」

大きく風が吹いた。千切れた葉は風に舞い、風の力で水面が揺れる。
――彼女と旅をして居た頃、二つだけ願い事をした池。ずっと二人で居られますように、ずっと旅をしていられますように。
そう言って、賽を投げた場所。
何処行っちゃったのかしらねえ、と彼女が小さく呟いた。
あの時投げた、小さな賽。私たちの約束の形。
小さな石で亀が昼寝をしている。貴方のようね、と声をかければ目を開けてくすりと笑った。

「ねえナマエ。旅は…したくないの?」
「したいわ。けど出来ないもの」
「ナマエ…」
「ごめんなさいね、私歩くので精一杯なの」

そう言って胸を撫でる。隣に佇む彼女は綺麗な顔を歪めた。貴方のせいじゃないのよ、私が悪いの。
風が吹く。心地よい冷たさが肌を滑った。
神の領域を犯そうとした私たちに与えられた罰。それは受けなきゃいけないものなの、貴方達が無事でわたしは安心したから。
頬を涙が伝う。泣くつもりなんてなかった筈なのに、泣いちゃいけないのにどうしてかしら。笑顔で彼女を送り出すつもりだったのに、如何してこんなに涙が止まらないんだろう。
着物の端で目を拭う。彼女に貰った、赤色の和傘に似合う黒の着物で。

「…わたしはナマエの側に居たいのよねえ」
「駄目よ、貴方には未来があるんですもの」
「ナマエにも未来はあるじゃない」
「私は駄目よ、時間がないもの」

そう言って、赤い和傘を閉じる。
風が吹いて、私と彼女の髪を揺らした。夏の暑さに心地よい風の冷たさだ。
目を伏せて風を感じる。どうかこの風とともに私を忘れて欲しい。
貴方の未来は、きっと明るい筈だから。


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