text | ナノ
 ||| タスクくんと先輩


(捧げ物)


空を眺めるのは好きだ。果てのない青色がどこまでも広がって、手を伸ばせば届きそうな雲が漂っている。
けど実際は手を伸ばしても雲に届く筈がないし、青色は空気の中に散乱した青がたまたま深く見えるだけであって果てがないわけじゃない。
現実は常に非情だ、そう思いながら空を眺める。白い綿あめのような雲にお腹が空いてききた。
春が散って夏は透明で、秋に吹かれて冬は溶ける。日本の四季とは非常に美しい、美しいが毎年見ていると非常に飽きるもの。
私も飽きた人間の一人だ、そう思って空を眺める。変わらない青空に、好きなはずの青色に嫌気が差した。

「ナマエさん、また此処で昼寝してるんですね」
「あー、タスクくんかー…」
「隣失礼しても良いですか?」

許可を出す前に座るのはどうかと思うよ。そう言葉にするのさえ面倒で、仰向けに寝転んだ自分の身体を横に倒した。
目の前にはタスクくんの顔。なんだ、何時ものように座ったと思ったが寝転ぶとは珍しい。驚きを込めて小さく瞬きをした。
私が此処で昼寝をするのは晴れの日の日課だ。そしてパトロール中の彼が遊びに来るのも定期的。五分ほど駄弁をして去って行くのがいつもの彼なのに、一体全体どうしたのだろう。
そうは思ってもやはり聞くのは面倒臭かった。起き上がるのも面倒くさい。
見事な青色の空が視界の端にしつこく映る。折角本当の水色がいるんだ、それだけを視界に収めたっていいだろう。
そう思い、彼へ両手を伸ばす。

「ナマエさん、どうかしたんですか?」
「あー、うん…うん……」
「眠いんですか?」
「眠くない、ただなんかむかついた」

だからぎゅってして。
両手を突き出したままそう言い切る。
私の言葉に驚いたのか、小さく口を開いたタスクくんが滑稽すぎて、思わず吹き出して笑ってしまう。なんて珍しい姿なんだろうか、写真に撮ってファンに売れば相当な高値が付きそうな程の珍しさである。
ぷぷぷ、と片手で口を隠す。伸ばした腕が地味に痛い、早く抱きしめてくれ、そして私の視界を君の水色で埋め尽くしてほしい。
「早く」と催促すればはっとしたように動き出した。心なしか顔が赤い、なんだこの少年初心すぎないか。
もう一度催促すればぎこちない動きのままそっと私を抱き締める。寝たままだと腕に乗る形が申し訳ないから、ちょっとやる気を出して起き上がった。
ぎゅう、と互いの背中に腕を回す。暖かい、視界にいっぱいの水色が心地よい。これだ、私の一番好きな水色。
ふう、と息を吐いて安心と同時に脱力する。こうして抱き合ったのも久々だ、以前はいつだったかな。考えるのも面倒臭くてすぐにやめる。
ふわふわの水色の髪と、心地よい香り。シャンプーなに使ってるの、と聞けば普通のですよ、としか帰ってこない。同じシャンプー使えばちょっとは幸せになれると思ったのに。
ふふ、と笑うタスクくんに何故か少しだけ苛立つ。性格の悪い後輩だ。

「なんだよもー」
「ナマエさんが質問してくるのが珍しくて」
「あー、まあたしかに…面倒だしね」
「僕はナマエさんの声好きですよ」
「そうかそうか、わたしも君の髪の毛好き」

お互い好きな所があるって、いいですね。そんな変なことを言う彼に違和感を感じた。
別に同じ所が好きなわけでもないのに何処がいいんだろうか。正直言って私は彼の水色以外興味はないぞ。
そんな思ってることを口にせず適当な返事を返す。錯覚じゃない水色とは素晴らしいものだ、とても美しい。
ふふ、と笑って目を瞑る。さっきのタスクくんと同じ笑い方だ、無意識に似てしまったのだろうか。

まあどうでもいい、そう思って力を抜き後ろへ倒れこんだ。私を抱き締めていたタスクくんも一緒に倒れこみ、私を押し倒すような形になってしまう。私はどうでもいいが、初心な彼には刺激が強いだろう。
そう思い起き上がろうとした瞬間私の両腕は強い力で抑えられた。今この状況でこんな事が出来るのは彼しかいない。
意外とやるじゃないか。そう思い素直に力を抜いた。さあ、この後はどうしてくれるのか。小さくにやけて、抵抗をやめる。
……顔が赤く、若干涙目になっているのは気のせいだろうか。

「あ、あの、ナマエさ、あの」
「うん…とりあえず君は落ち着こうか。というかそんな恥ずかしいのになんで押し倒そうと思ったの」
「だってほら、だってナマエさんがその」
「あー、うん…分かるから深呼吸してくれない?見てるこっちが辛い」
「す、すみません…」

すう、はあ。胸の鼓動を落ち着かせる為に深呼吸をする彼を見ているが…さっきは私もそれなりに緊張した。が、どう考えてもさっきの反応で全て台無しだろ、あの反応は流石にないだろ。正直あのタイミングでキスくらいは期待していたのだが、全く。
口寂しい気分だ、今すぐにでも飴が食べたい。そう思い立ち上がって、目の前の彼の頬を指でつついた。

「出来ないなら期待させないでよねー、ばーか」

そばに投げ捨てた鞄を掴み、お気に入りの昼寝スポットを後にする。
タスクくんを放置したままだが…まあそのうち彼のバディが救済しに来るだろう、大丈夫だ。
明日も明後日も、同じように昼寝を繰り返す。私のお気に入りスポットはそう簡単に手放せないのだから。
…次に彼がやって来た時はこっちから攻めてやろうか。そう思いながら鞄の中を漁る。飴玉は――残念ながら一つもない。
キスの一つでも奪って行けばよかったなあ、と大きな独り言を投げ捨ててそのまま歩き出す。
作られた錯覚の青色が妙に劣化して見えた。


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