||| 臥炎くんと暗い場所
発せられた声は何方のものか。小さく口を開けた私を愛おしそうな目で見る貴方様に小さく皮膚が粟立ちました。何故なのかは理解出来ません。
ぽそりと繰り返す拒絶の言葉を一切受け入れず貴方様は私の頬に触れます。やめて、それ以上は踏み込まないで。小さな拒絶すら貴方様には興奮の材料となるのでしょう、理解してなお拒むことしか出来ない自分に苛立ちが募ります。
只々恐怖だけが私を覆い続け、身体が小さく震えます。怖い、怖くて仕方が無い。そう思っても貴方様を突き飛ばして逃げることは不可能。貴方様を受け入れることも出来なければ、拒絶して逃げ出すことも出来ない不安定な立場。
コロコロと転がる涙に悔しさしか生まれません。憎いと思えればもっと幸せになれるのに、よっぽど楽だというのに何故私は貴方様を恨めないのでしょう。
奥歯を食いしばって貴方様の指の感覚を必死で耐えます。首を絞められるのでしょうか、頬を叩かれるよでしょうか、それとも無理矢理行為に及ぶのでしょうか。これから来る痛みに耐えるため目を瞑ります。暗い部屋の中で二人きり、貴方様と私だけの狭い空間の中で。
「ナマエ」
貴方様が小さく私の名前を呼びます。ああ、返事をしなければ怒られる。けれど恐怖で固まった口はなかなか言葉を発してくれません。やっとの思いで小さく言葉を吐き出せても、形にならず崩れてしまうのみ。ごめんなさい、ごめんなさい、痛いのは嫌なんです、怖いのはもう嫌なんです、暗い場所に一人にしないでください。
必死に言葉を紡ごうと努力しても言葉にならず消えてしまう。怖い、苦しいのはいやだ。呼吸をしても生きた心地がしない、真っ暗な部屋に一人きりはもう嫌だ。
ぼろぼろと涙をこぼしながら必死に訴えます。足に掛けられた大きな黒い枷が酷く痛々しい。傷だらけで血の滲んだ足も、涙に濡れた頬も、もう嫌で仕方が無い。こわい、ただ怖いだけ。
「キョウヤ、さま」
「ああ、ナマエ。よく出来ました」
ほっとして全身の力が抜ける。一雫だけ涙が零れる。ああ、貴方様に褒めてもらえた。その一言で私は自分がこれほど幸せになれるとは思っていませんでしたもの、ああ幸せだ、幸せで仕方が無い。
キョウヤ様が私の背中に腕を回します。暖かい、キョウヤ様はこんなに暖かいだなんて知りませんでした。
ぽとりと涙が零れます。大きな黒い足枷が外されました。がちゃりと音を響かせて部屋の奥に投げられます。ああ、闇に溶けて見えなくなってしまった。
キョウヤ様が私の頬にそっと触れます。ああ、暗い空間で触られるのとは全く違う。これが安心というものなのでしょうか。
うう、ああ。涙と同時に呻きにも似た声が堰を切ったように漏れ出します。何も怖いものはない、キョウヤ様が全て守ってくださるから、私を助け出してくださるから怖くない。
きゅ、とキョウヤ様を抱きしめる力を強めて目を固く瞑ります。もう何も見なくて良いように、何も怖くないように。
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