||| 06
雀の鳴き声とはいつ聴いても可愛らしいものだ。
ちゅんちゅんと小さくもハッキリとした意識が感じられてとても好意的に感じられる。
…隣を歩く彼女はそうでもないようだけれど。
「ナマエ、彼処でたい焼き売ってるわよ」
「ハーティ、もうちょっと団子より花に目を向けてくれない?」
「嫌ね、団子も花もどこにもないわよ」
僕の方を見ないまま彼女はそう言い切った。それはそれでどうなんだろうか。
魔女と言うと怖くて…「ナマエ、彼処のたこ焼き安いわ!」、お淑やかで…「ほら早く来なさい、貴方歩くの遅いのよ」、頼り甲斐のある…「はいこれ、たこ焼き」?
なんか違くない?そう素直に声を出せばきょとんとした顔が帰ってくる。それともなんなのか、僕の理想が高いのだろうか。
出来たて熱々のたこ焼きを一つ頬張る。うん、とても美味しい。ちらりと屋台を見ればSD化した可愛いドラゴンが一人で買い物する姿が視界に入る。お使いかな、と思いじいと見て見れば何やらそうでもない様子。
「あの子、バディはどうしたんだろう」
「別行動でもしているんじゃないかしら」
いかにも興味がないです、と言うようにたこ焼きを頬張るハーティに目眩がした。本当にうちのバディが何を考えているのか分からない。いや、今は真っ直ぐに食欲だけか。
今朝立てた予定を完全に無視して露店巡りを楽しむ。まあ、悪くはないので良しとしよう。ハーティのせいで出費が酷いけれどまだ許容範囲内だ、まだ。
あー、と口を大きく開けて食べ物を頬張る姿はとても異界の生物とは思えない。僕たち人間と限りなく近くて、僕らよりずっと恐ろしいもの。
目を伏せてその事を思い出す。いつまでも心に留めておく事が出来ればいいのに。
そう思い意識を奥底に持っていこうとした瞬間、ハーティに腕を引かれる。何、と声を出す前に「次はあれね」と可愛らしい屋台を指差した。
ぱちりと小さく瞬きをする。ああ、また彼女に気を使わせてしまった。
「…うん、お饅頭だね分かった」
「あらやだナマエ、向こうにパン屋があるわよ!」
「分かったからハーティ、一回落ち着いて」
「嫌ね、落ち着いたら貴方悪いこと考えはじめるじゃない。駄目よ、外に出てるんだから」
そう言って、より一層僕の腕を強く引く。ああ、やっぱりハーティは強い人だ。
朝方感じた妙な違和感を忘れて、僕は小さく笑みを浮かべる。こういう力強い人がそばに居て良かった。
改めてそう感じた瞬間、彼女は立ち止まる。
長い間バディをしているが彼女のこんな顔を見たことがない。それ程に厳しくて怖くて、そして何より――怒気を含んだ顔。
どうしたのか、と問い掛ける前に痛い程強く腕を引かれる。進行方向とは真逆、先程来た道を戻りながら。
「ハーティ、どうしたの!」
「なんでもないわ、なんでも」
「ハー、ティ……?」
こんなハーティ、見たことがない。普段なら聞けばきちんと答えれてくれるのに。どんなに怒っていても、怒っている理由をきちんと説明してくれるような人が何故?
ハーティは僕に隠し事をしたがらない。僕が聞かないだけで、本当はたくさんの秘密があるのかもしれないけれど――でも本当に、聞いても答えてくれないだなんて始めての事で思考が追いつかない。
「ハーティ」「ハーティ?」「ねえ!」
何度も繰り替えし名前を呼ぶが、返事はない。
引かれる腕が痛くなってきた。長めの爪が食い込んでいるようだ、伸ばしてと頼んだのがこんな皮肉になるとは。
人通りの少ない路地、痛む腕を無理やり振り切り、立ち止まってハーティを見つめる。彼女が何から逃げているのか全く分からない、分からないのが僕は嫌いだ。だって僕は所詮子供だから。
焦燥しきったハーティが僕の腕を無理に引っ張ろうとする。痛い、だが理由を聞くまで僕は…。
「〈ハーティ・ザ・デバステイター〉!!」
野太く汚い声が近くに響き渡る。ハーティが青い髪を揺らした。
彼女はこんな奴に怯えていたというのか?そう思い表情を伺うが――全く違うようだ、寧ろ今の彼女は怒りで染まっている。その殺意を向けられている訳ではない筈なのに皮膚が粟立つ。これ程までに彼女を奮い立たせるだなんて、奴は一体何者なのだろうか……?
つう、と伝う汗は何なのか。僕にはそれを理解する力が随分と足りなく、そして無知なようだ。
「ハーティ、こいつ――」
「黙ってなさい」
不快感と怒りを露わにする男と、ただ真っ直ぐ純粋な怒りをぶつけるハーティ。先程の焦りや怯えは一切感じられない、先程まで彼女は何をそんなに焦っていたのだろう。
僕が口を挟もうとすればハーティは持っていた鞄を僕に放り投げた。
この場に不釣り合いな僕は、ハーティの後ろでただ呆然と立ち尽くす。状況を理解していないのは僕だけだ。
ねえ、と声をかけようとしたと同時に男は喋り出す。僕が嫌いな大きな声で、何処かで聞いたことのある奇妙な感覚とともに。
「よォクソ女、よくもあんなブタ箱にブチ込んでくれたじゃねェか」
「家畜如きが喋らないで頂戴、不快よ」
「ざッけんな!お前のせいでこうなったンだ…あァ?」
言葉を止め、この男は僕を見つめる。
気持ち悪くて恐怖心が募る、僕だって一応警察なのに。
頼りないのを自覚したまま奴を見つめ返す。き、と睨めば奴は目を見開いて大きく笑い出した。
それにしてもお前は誰なんだ。そう思い声を上げようとすればハーティに阻まれる。何故それ程頑なに拒むのだろうか。
「…この子のことを汚い目で見るな、早く立ち去りなさい愚図」
「お前、あの時ンガキか!おーおー、お前そういう趣味だったんだなァ」
「黙りなさい」
「黙れだァ?クソ女、テメェのせいでオレもこいつも…」
「…黙れと言った筈だ」
――殺意。
ハーティが奴に向けたのはただ其れだけ。其れだけの筈なのに一体どうしてこれ程痛みを感じるのだろう。何故彼女はこれ程怒りを露わにしているのだろう。
視界の端、薄く赤のついた自分の髪を捉える。僕は一体何を忘れている?
荒廃…それは新しく始めるため本当に必要なことなのだろうか。
聞いたことのある声、水色、そして広がる赤。僕が忘れているそれは――。
「バディポリス結界!」
深い海に溺れる直前、安心する声が聞こえた。
殺意に溢れるハーティと相当急いで来たのか息が切れているジャック、そして僕が好きな水色を持つ彼…タスクくん。
今僕に必要なのはただ其れだけ、其れだけで十分で…それで、なんだっけ。
どろりと思考が溶ける。赤くて不快で、気持ちの悪いそれを止める術なんて僕にはない。
身体に力が入らない、僕は一体何を?
頭に鈍い衝撃を感じる。視界が青い、変な気分。
ハーティ、ジャック、タスクくん、ごめん。僕ちょっと疲れたのかも…。
「お前……ナマエさんに何をした」
「タスク、待て」
「ジャック、止めないであげて頂戴」
「撃滅の魔女…お前は一体何を」
「ハーティさんはナマエさんをお願いします、ジャックは…」
僕と、仕事に取り掛かろう。
最後に聞こえた彼の声は、酷く冷たかった。
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