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「そういえば昨日近くに雷落ちたらしいわね」
大きく目を瞬かせて僕はハーティを見つめる。
朝食の乗せられた皿で両手を塞がれた僕は、只々唖然としながら口を開けていた。
ワンテンポ、ツーテンポ、少し間を開けて同じ体勢のまま僕は呆然としている。
「……先ずはその皿置きなさいよ」
ハーティの冷静なツッコミで我に返る。そうだ、一先ずは朝食を取らなければ。
ことり、と音を立てて二皿をテーブルに乗せる。今日は洋風の朝食だ、ハーティのリクエスト。
白い皿に乗せられた色取り取りの食事、程よく焼かれた四角いパン、そして最後にハーティの作った――本人曰く家庭菜園にハマったらしい――香草を使用したハーブティーを注いで完璧。
朝十時、いつもの朝食より随分と遅い時間。
今日は久々の休日だ、ゆっくり休んで寝溜めしよう……。
「ちょっと、食事中に寝ないでくれる?」
「え、ああ、ごめん……」
「寝てないの?」
「そういうわけじゃないと思うんだけど……そうでもあったりなかったり」
どっちなのよ、と呆れたように言うハーティに何故か違和感を感じた。何が違和感となっているのかは分からないけれど……何なんだろう、この感じ。僕が寝不足なのが悪いのだろうか?
小さく目を擦っても視界は何も変わらない。ハーティの違和感も消えることはない。一体何が可笑しいというのだろうか……。
大きく瞬きをしてハーティに問いかける。
「ハーティ、今日なんか変な感じしない?」「ああ、貴方が寝てる間に前髪切ったからじゃないかしら」
誰の?貴方の。
そういうと再び目を瞬かせる。そっと前髪に触れれば、確かに少々の違和感を感じた。また切ってもらったのか、申し訳ない。
――けど、それじゃない。僕が感じた違和感はもっと別の何かで、何処か奥深くに根付いたようなもの。
ぞわりと背筋を震わせる。エアコンの温度は丁度いい筈なのに一体何故なのか。
「ナマエ、どうかしたの?」
「うーん……多分何でもない」
「……ならいいわ」
そう言って食事を再開する。つやつやの目玉焼きとカリカリのベーコンをパンに乗せ、某映画に出てくるあのパンをゆるく再現する。僕の一番のお気に入りだ、手間もかからないし食べやすい。
にへ、と小さく破顔して大きく口を開けそのまま噛み付く。ううん、卵の黄身がとろとろで美味しい、幸せだ。
そういえば、と思い顔を崩したままハーティの方を見れば、既に真っ白な状態の皿とティーカップ。いくらなんでも食べるの早すぎないか、それは魔女の裏技なのだろうか。
「髪の毛切ったなら全部切ってくれれば良かったのに」
「嫌よ、其処気持ち悪いもの」
「酷いなー」
一房だけ伸びた僕の髪。薄く赤の混じったそれを僕はどうも触ることが出来なかった。
どうして此処だけが赤くなっているのか、触れられないのか、僕はあんまり覚えていない。――正直思い出したくもないけれど。
ただ覚えているのは、赤色と、伸ばされた腕と、そして…。
「ナマエ?」
――ハーティの言葉で意識が浮上する。どうやら僕は俯いていたらしい。考え事をすると他のことが出来なくなる癖をいい加減直したいものだ。
「そうそう、今日買い物に付き合って欲しいのよ。ハーブの苗と、可愛らしい如雨露と……あとあれね、新作のクッキーが食べたいわ」
「苗は分かったけど……如雨露って要らなくない?」
「じゃあクッキーとハーブの苗ね」
「策士だ!」
「嫌ね、魔女よ」
カラカラと笑うハーティにいつもの安心感が蘇る。違和感は残るけれど…そうだ、いつものハーティだ。
ふ、と肩の力を抜いて食事に戻る。残りは一欠片になったパンのみだ。
小さな欠片を放り込み、二人分の皿を流し台へと持って行く。そのまま僕は洗い物へ、ハーティは窓際で日向ぼっこへ。
以前家事を手伝わせたら大変なことになったのは記憶に新しい、下手なことはさせずに大人しくしてもらうのがベストである。人には役割分担があるのだから。
「ナマエー」
「なにー」
「ベランダに猫がいるわー、可愛いわよー」
「今手が離せないから無理ー、あと僕は犬派ー」
全国の猫派に詫びよう、残念ながら僕は犬派だ。人懐っこい瞳、すぐ後ろを追いかけてくる従順さ、ふわふわと揺れる尻尾、どれをとっても完璧だ。可愛すぎる。
可愛らしい仔犬を想像し口角を上げ、カチャカチャと心地よい音を鳴らして食器たちを泡まみれの刑に処してゆく。ふわふわの白い泡に覆われた彼らが行くのは水攻めの刑、びしょびしょに濡れて泡が全て落ちたところで最後は水切りという刑務所へと送られる。
脳内ショートストーリーは常に完璧だ、完璧でそして何よりも楽しい。
そのままくすりと笑って食器洗いは終了。側に掛けてあるタオルで手を拭き、ハーティを呼んだ。
「出掛ける?」
「ワッフルが食べたいわ」
「じゃあお昼は外食にしよっか。たまにはキャッスル行ってカード買いたいし……あ、相棒学園にも寄りたい」
「あら、何か用事でもあるの?」
「特にないけど…何となく。お世話になった親戚の子が生徒会長してるって聞いて」
「あと花屋にも寄りたいな」「じゃあ途中に素敵なカフェがあるから寄りましょうよ」
そう言って、少し遅い一日の計画を立てる。ただ当てもなくフラフラ歩くよりはよっぽど楽だし、こうして考えるのは楽しいからとっで好きだ。
「ここのアップルパイがとても美味しくって」「ここはオレンジジュースを頼むとクッキーをおまけしてくれたわ」
甘いものを思い出して幸せそうな顔をするハーティに自然と顔が綻ぶ。ここまで楽しそうに計画してくれるなら出かける甲斐があるものだ。
最終的に決まった店を端末にメモし、家の鍵を閉めて外に出る。
私服のままで出掛けるのは随分と久々だ……。
人間の姿に擬態したハーティに声をかける。暑くないかとか、寒くないかとか、どうでもいい事。
僕は何も持たず、ハーティは大きめの鞄を持って外に出る。ああこれは完全に荷物持ちフラグじゃないか。
はは、と小さく苦笑いを漏らす。別にいいけれど、こんなもやしに何を求めるというのか。
眩しい太陽を一睨みし、僕たち二人は一先ずキャッスルへと向かった。
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