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凄い空気になった


「井上、大村とキスしろ」
唐突にそう言われた。睡魔と格闘してたのも忘れて、俺は目をおもむろに見開く。今なんて言ったんすか。いや2度聞きたいわけではなく、その言葉の意味が俺には全然理解できなくてだな……。
「いや、例文にkissって単語が使われてるからってそんなこと言います?生徒に対して。先生としてまずくないですか?」
最前列に座っていた女子が半笑いでそう突っ込む。そうそれ、俺はそれが言いたかったんだ。
「そ、そうっすよ!男と男でキスとか気持ち悪いだけっすから」
慌てて加勢すると、先生は尚も表情を変えずに、もう一度
「女の子相手にやったらそれこそ訴えられるだろー。みんなの眠気覚まし的な感じだよ、うんうん」
まぁ確かに眠気覚ましにはなったと思う、ほんとに。さっきまでかっくんかっくんなってた奴らが今では俺と大村に大注目だよ。俺は全然嬉しくないね。辛いね。
「井上、もー面倒くさいからさっさとやっちゃいなよー」
「そーだよ、あんたが早くキスしないせいで授業止まってんだからね。」
「……お前ら完全に面白がってんだろ」
によによ、と言う言葉が嫌なぐらい似合う。
現在5時限目の英語表現の授業中。文法の確認をしていたはずだ。確かにこの先生はよく冗談を言う。というか、授業に対して非常に不真面目だ。やる気が全く無い。
いやでもだからってそんなわりと真顔でそんな……ねぇ。大村だって困るだろうし。
だが待てよ。俺がここでサクッと軽くキスをかましてしまえば、女子の俺のイメージが「騒がしいだけのクソDT」から「騒がしいだけじゃない、恋愛に対してこなれてる感のある奴」に変わるんじゃないか……?だとしたらこれは意外と好機ではあるまいか。
よっしゃ、井上裕也、男としてのプライドをかけて(やろうとしていることはプライドをかなぐり捨てているようなことだが)頑張るぜ!!
「……大村、」
「は、なに、」
やや強引に大村の襟ぐりを引っ張る。先生の言葉を冗談としてしか捉えていなかったらしく、いつもの眠そうな目が驚きで見開かれていた。
唇を奪うのはあまりにも惨い。俺としても大村としても。だから俺の唇は大村の頬に触れることになる……はずだった。
――ちゅ、
「「きゃああああああああああああ?!!!」」
「「うおおおおおおおおおおおおお?!!!」」
男子と女子から物凄い雄叫び&悲鳴が聞こえてくる。いや待て待て待て待て、俺、今、え、何が起きた?
自分が想像していたことと違うことが起きたよな?今。
「……、お前、……その、なんだ、……欲求不満なのか……?」
先生から哀れみに似た目を向けられる。そんな理不尽な。
「え、ちょっと、あの、待って、」
動揺のあまり上手くしゃべれない。いやだって、だって、今俺の唇に触れたのって、大村の頬じゃなかった。けど、柔らかくて、あったかくて。とてつもなく信じたくはないが、……そう、完全にあの感触は人の唇。
……俺、なに、大村とキスしたの?!
気づいたが最後、俺の顔は嫌なぐらいに熱を持ち始める。湯気が出るんじゃないかってぐらい熱い。
「お前ら顔真っ赤だぞ……、大丈夫か……」
後ろの席の加藤に同情の目を向けられる。お前らって、ええ、大村もかよ。
まじか、と大村の顔を見ると、俺と張り合っていいぐらい顔が真っ赤だった。口を抑えて顔を真っ赤にする大村は何故か今の俺には魅力的に映った。待て待てやめろ、俺は男が好きな訳じゃない、アイラブガール、アイラブおっぱい!!!!野郎なんかに興味はない!!!!断じて!!!!!!
心の中でスローガンのように唱えると、俺はなんとか落ち着きを取り戻……せなかった。
「い、いのうえぇ、なんで口にすんだよ、バカぁ、……俺、ファーストキスだったんだぞぉー……!!」
そ、そんな弱々しく訴えられましても。俺はほっぺたにキスするつもりだったの!なのに、お前が変に避けようとかすっから、口になったんだろーが、ばっきゃろい!!!!!
「まあ、そのあれだ。大村、今のは不慮の事故だと思え…‥」
何故かクラスメイト全員に白い目を俺は向けられる。女子がひそひそと大村をいたわる声と俺を小馬鹿にする声が聞こえてくる。
「大村くんかわいそー」
「よりによって井上がファーストキスとか」
「井上どんだけ女子に飢えてんだよ」
口々に言いたい放題言いやがって!!大村も嫌がりすぎだろ!!なんか傷つくわ!!


「……はーい、授業再開すんぞー。色々とごめんな大村。井上はあとで事情聴取だからな」


問題を解説する先生の声を尻目に、俺はぼんやりと大村の唇の感触を思い出していた。唇ってあんなにふんわりと柔らかいもんなんだな。
そんなことを考えてしまう俺はクラスメイトが冷やかす程度には最低な男なのかもしれなかった。





これわりと実話です( ˘ω˘ )


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