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コン、と幾度か鳴いたリコリスの声に、ふるりと睫を震わせる。
うぅ、ああそうだ、起きなきゃ。
目を開けようとしたらふわりと何か掛けられる。
起きる。起きるってば。
遠のく手を掴めば、逆の手でさらりと頬を撫でられた。

「………う?」
「あ、起こしたか?」
「ディーノさん………?」

掴んだ手を離して、再び瞼が落ちそうになる。
くす、と笑う声がして、ぱちっと目を覚ました。
そう。覚醒したのだ。

「っ───!!」
「おはよう、っつてもまだ夜だけどな。寝不足か?」
「う、はい。そうです」

ぐりぐりと頭を撫でられ、きゅうっと目を閉じる。
ぐっすり寝入ったのも恥ずかしいけれど、それ以上に寝顔を見られたことが恥ずかしい。
それから、ディーノさんの向こうから微かに香る匂いに眉を寄せた。
潮、いや、磯臭い………?

「ん、気付いたか? 今、海だぜ」
「………なんで、」
「修行だからな」

にか、と笑ったディーノさんはぽんと私の手によく見かける三角の物体を乗せてきた。
三角の黒い物体………おにぎりだ!
ラップに包まれている辺り、誰かの手作りらしい。
だ、誰の手作りかな。気になる。

「オレの部下が作ったんだ。綺麗な三角だろう?」
「は、はぁ、それはそうですけど」

わざわざ部下って言うって辺り、つまりは作ったのはロマーリオさんではないということだ。
では誰が。
まぁ、私が関わることはないんだろうけど。

「オレ達はもう少しやってるから、寒いだろうから海の家に居てくれ」
「海の家、ですか」
「夏も終わってちょうど空き家だったからな。有効利用させてもらってるんだ」
「はぁ」
「ほら」

手を差し出されて、しっかりとその手を掴む。膝の上のリコリスが膝に掛けられたディーノさんの上着をはむっとくわえ、ぴょこんと飛んで肩に座った。
リコリスが落ちないようバランスを取りながらディーノさんに手を引かれて歩く。
さくりと踏んだ感触は土ではなく、砂独特のものだ。
足を止めてそっと視線を外せば、そこは世界を旅する波でしかなく───うん、やっぱり海だ。

「………帰りたい」

ぽつりと呟く。
やっぱり帰りたい。当たり前だ。私にはこの2人に付き合う理由なんてこれっぽっちもない。
手当てだってたまたま私が保健室にいたから手伝っただけで、他意はない。あるはずない。
でも、ここがどこの海だかわからない以上帰りようがない。

「静玖、」
「そう思ったっていいじゃないですか。結果、私は連れてこられてきただけですし」
「う。それは悪かったって」
「でも、帰してはくれないのでしょう?」
「諦めてくれるか?」
「いいえ? 恨み申し上げます」

にっこりと笑って明るく言えば、ディーノさんはうっ、と焦ったように眉を寄せた。
連れてきた事に関して、罪悪感がないと言えば嘘らしい。

「なぁ、ツナだったら」
「はい?」
「ツナだったらお前は『恨まない』のか?」

立ち止まって振り返って、聞いてきたディーノさんに、ふ、と息を吐いて肩にいるリコリスの頭を撫でた。

「そもそも綱吉は、こんな事しませんよ」
「するかもしれないだろ?」
「しませんよ。もし綱吉が私の意思を無視して行動に移るとしたら、それは綱吉の中で私にプラスになると判断したからです。ならそれは、マイナスにはならない」
「………お前、」
「『信じてる』んじゃないんです。『知っている』んです」

綱吉ならそんな事はしない。
そう信じているわけじゃない。そんな曖昧なものじゃない。勝手な思い込みじゃない。
私は、綱吉がどんな人間であるか知っている。
深琴ちゃんが言うようにそれが綱吉との『絆』なのかもしれない。
自負と言われるかもしれない。
だけれど、それが『真実』なのだ。

「ツナのことならなんでもわかる、ってヤツか?」
「まさか。今の私は綱吉のほとんどを知らないと思いますよ。………いや、そう言うには語弊があるかもしれません。私は、今皆が知った『綱吉』を、昔から知っていただけです」

今傍に居なくたって、今まで傍にいた時間がなくなるわけじゃない。
私が知っている綱吉が消えるわけじゃない。
だから今、傍に居なくたって平気。
寂しくない。悲しくない。
だって手は、離してない。

「大切なんだな、ツナのこと」
「そうですね、大切です。───大切な、幼なじみです」
「………………な」
「はい?」
「羨ましいな」

そう言うディーノさんの顔は、本当に真剣で、そしてどこか寂しそうだった。
ぱち、と瞬いて、リコリスを撫でていたためにおにぎりが落ちそうになって、慌てて握り直し、私は静かにため息を吐く。
一体、何がそんなにディーノさんを寂しくさせているんだろう。
今の会話にディーノさんがああなる原因がどこにあるのかな。

「ディーノさん?」
「ツナが羨ましいよ」
「はい?」
「お前ほどの理解者がいるなら、幸せだろう」
「私は、」

私は綱吉を知っているとは言ったけれど、理解しているとは言ってないんだけどなぁ。
まぁそりゃあ、そういった曖昧なニュアンスは受け取り手に因って捉え方が違うのはわかるけれども。
うーん。

「だってお前ら」
「?」

くるっと身体を反転させられる。
同時に手を離され、そしてとん、と背中にディーノさんの背中が触れた。
それからゆっくりと手を繋がれる。

「こういった状況だろ?」
「へ!」
「だから、ツナとお前。今、傍にいない。しかも同じ方を向いているわけじゃない。………違うか?」
「ですね」

お互いに隠し事をしているからこそ背中合わせで、それでも私も綱吉も手を離したくない。

「羨ましいよ」
「ディーノさん?」
「………羨ましい」

星が輝く夜空に響いた小さな呟きに、私はディーノさんの『孤独』が混じっているようにも感じられた。
でもそれを癒すのは、私じゃない。

そう断言するだけの勇気なんて、私にはなかったのだった。



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