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歌声が聴こえる。
少し泣いてるような声だった。それでもどこか、穏やかさを持った声だった。
誰の声かは知らないけれど、泣いているのは宜しくないのでは?
そう思って、そぅっと瞼を持ち上げれば、私の頭は誰かの腿に頭を乗せて眠っていた。みたいだった。
―――知らないなんて、嘘だ。
知っていた。知っていて当たり前だった。
だって、だってさっきまで私たちは確かに会話していたのだから。
私の頭を腿に乗せたまま、彼女は目を閉じて、聞き覚えのない言語で何かを歌っていた。
そうして、時折、私の頭を優しく撫でるのだ。
………………どうしたんだろう。
いや、違う。あれから、どうなったのだろう。
どうしてこんな………………こんな、えぇと、よくわからない場所でユニに膝枕されているんだ、私は。
目を瞬かせる。ユニは目を閉じているからか、私が目を覚ましたのには気付いていないみたいだった。

「ユニ」

思わず、彼女の名を呼ぶ。
どうしても、呼びたかった。
今しかない。もう、今しか呼べないのだと、そんな焦燥が胸を焦がして、ただただ震える声がこぼれ落ちる。
情けない自分の声が、自分の耳に届くだけだった。
だってユニは、こちらを見ない。
目を閉じたまま、私の頭を撫でて、そうして、静かに歌っている。
どうして。
どうして、声が、届かないのだろう。
こんなに近くにいるのに。こんなに触れ合っているのに。
ユニ、と改めて声に出して彼女を呼ぶ。

「ユニ、ユニ、こっちを見て」

こんな懇願、初めてだ。
今までだって、誰にもしたことがない。
でもどうしても、今、ユニにこっちを見てほしかった。
ゆっくりと頭を撫でるユニの手に触れる。声が届かないのならば、触れるだけだ。
ひんやりとした私の指先と違って、ユニの手は温かい。けれどこれも、今だけだ。何故か今だけだと、そう思ってしまった。
―――ユニと会うのは、これが最期。
あってはならない予感が、頭の中を占めていく。
きゅ、と唇を噛み締めている間に、歌が止んだ。そうして、ゆっくりと、本当にゆっくりとユニが瞼を持ち上げた。
彼女の瞳が、じぃ、と私を射抜く。
ようやく、あぁ、ようやく、ちゃんと彼女を見た気がする。彼女が、私をちゃんと見た気がする。
短い期間ではあったのに、ちゃんと会話していたのに、それなのにどうしてこんな気持ちになるのだろう。

「ユニ」
「はい、静玖さん」
「いかないで」
「ふふ、はい。逝きません、行きません。消えません。私はただ、眠るだけ」
「『眠る』?」
「えぇ」

私の頭を撫でながら、ユニは歌うように囁いていく。
正直、自分のいかないで、発言もよくわからないのだけれど、ユニはわかっているみたい。
―――あぁ、そうだ。
これは、わからないままでは駄目だ。ちゃんと聞かないと。

「どういう事?」
「マーレだけ眠らせるのは可哀想ですし、フェアじゃないですからね」

マーレを眠らせる? リングを?
疑問を持ったことがそのまま表情に出ていたのか、ユニは口端を緩めて笑って、触れ合っていない方の私の手を取った。
ごつごつとしている。何がって、中身が。
きゅうと僅かに握りしめたままの手をゆっくりと開くと、そこには、

「GHOSTの」
「『雷』のマーレリングですね」

預かります、と言われて、ユニの手にマーレリングを乗せる。
預かる、預かるかぁ………。
そうだよね、一緒に寝るなら、ユニに預けないといけないもんね。
―――寝る、か。
正しく言うなら、マーレを眠らせるのだろう。もう『海』の王を見出さないために。生み出さないために。
だけれど、マーレを破壊するわけにはいかないから、眠る―――封印をするのだろう。
けれど、マーレだけではフェアじゃない?

「『海』だけずっと寝ているのは、可哀想ですから」

私の考えを読んだかのように、ユニが口を開いた。

(海だけ寝ているのは可哀想? ずっと『そう』だったのに?)

頭の中に響いた考えは、一体誰のものだったのだろうか。少なくとも、私のものではない、はずだ。
再び、目を閉じる。私ではない思考が、何かヒントをくれるかもしれない。だから、目を閉じる。ユニには申し訳ないけど、ちょっとだけ待っていてほしい。
―――そもそもマーレはずっと『寝てた』。
―――アルコバレーノやボンゴレと違って、マーレを受け止められる人がいなかったから。
―――幸か不幸か、白蘭が目覚めた。
―――でも、もう『二度』はない。
二度は、ない。二度目はない。あり得ない。有り得てはいけない。
白蘭のやらかしたことを、再び誰かが起こすことだけは避けなければならない。
だから、そもそものリングを封印するのだ。眠らせる。
ぱちりと勢いを持って瞼を持ち上げる。こちらを微笑んだまま見ていたユニを見て、なんて声をかけて良いかがわからない。


「ユニも寝なきゃいけない?」
「ただ封印するだけでは駄目ですから。アルコバレーノのおしゃぶりや、ボンゴレリングのように、『炎』は灯さなければなりません」
「それをユニがやるの? やらなきゃ駄目なの?」
「えぇ。………………わたしはずっと、知っていたので」
「――――――なにを、って聞いても大丈夫?」

ユニは傷付かないだろうか。私は、ちゃんと彼女の気持ちを受け止めてあげられるだろうか。
そんな意味を持って問えば、彼女はこくりと頷いた。

「この年で死ぬことです」
「―――は、」
「未来が視えてしまうとは、そういうことですから」
「ユニ」
「いつかこの日が来ることは、ずっとずっと知っていました。だから、覚悟はしていたんです」
「そんな、そんなの」
「ふふ。………………でも、」

二の句が継げない私の頭を撫でながら、ユニが静かに言葉を紡いでいく。
ユニが何を言いたいのか、さっぱり予想がつかないから、ぎゅ、と唇を噛み締めて彼女の言葉を待った。

「―――怖かった。ほんとうは、怖かったんです。『覚悟をしていた』なんてそんなの、嘘だった」
「ユニ」
「覚悟していた、つもりなだけだった」
「死ぬのは誰だって怖いよ。それは責められるものじゃない」
「はい。―――でもわたしは、わかっていなかったのです」

それでも、と。
彼女はそう言葉を続ける。

「沢田さんの一言が、わたしを救ってくれた。改めて、覚悟をさせてくれた。………沢田さんは怒ってしまうかもしれないけれど、悲しんでしまうかもしれないけれど、わたしは、あの人の言葉が嬉しかった。あの言葉が、わたしの背中を押してくれたのです」
「ユニ、」
「あの人はわたしを本当に心配してくれた。新しい道を考えようと、そう提案してくれた。わたしは、あの人の、あの優しさが嬉しかった。とてもとても、嬉しくて、だからこそ、あの人たちの未来を守りたかった」

微笑んで、それこそ、嬉しそうに瞳を輝かせていうユニを見て、彼女の腿から頭を持ち上げる。
同じ目線になってユニを見つめれば、ユニはこくりと頭を動かした。

「大丈夫、大丈夫ですよ」
「どうして」
「わたしは決して、一人ではないですから」
「マーレがいるから?」
「ふふふ、いいえ」

嬉しそうに笑ってから、そうして、淡く頬を赤らめて、その熱を持った頬を冷ますように手を添える。
え。なんだろう、この感じ。嬉しそうで、とても恥ずかしそうで、それでいて、幸せそうな、この感じ。

「わたしの大好きなひとが、そばにいてくれるので」
「大好きなひと?」
「えぇ、はい」

それはそれは、とても嬉しそうな、そんな表情(かお)。
こちらの心臓までもが、ちょっといつもとは違う鼓動を刻むような、そんな表情。
なぜか分からないけれど身体に走った衝撃を飲み込むようにこくり、と喉を鳴らせば、そんな私を見て、ユニが少しだけ恥ずかしそうに目を伏せた。

「こればかりは、静玖さんには内緒です。今はまだ」
「え、えぇ? うん、………………うん?」

今は? 今はってどういうこと。
だって、ユニは―――………。
思わず口を開こうとしたけれど、ふに、とユニの指が唇に触れた。

「貴方の時代のわたしが頑張って、またあの人の傍らに居られるようになったら、教えてもらってください」
「でもそれは、そのユニは君じゃない」
「………………………静玖さん」
「うん? ―――――――――ッ?!」

先程までユニが触れていたところに、彼女の唇が触れる。
いや、なんで。
なんでユニは私にキスをしているのだ。
どういうことなの。どういうことなの?!
柔らかいそれは、ただ触れただけなのに、私の中の何かが―――フィーのさらさらと抜けていっていた炎の流出が、止まったように感じられた。

「最期ですから」
「ユニ」
「貴方の時代のわたしは、上手くいけば貴方とともに居られます。生きていけます」
「ユニ、」
「でもわたしは、これで最期だから。貴方の時代のわたしとの違いは大きく残しておきたいのです。………………わがままを、許してください」
「ユニ、待って、まだだよ、君はまだっ」

まだもっと、楽しいことをして良いはずだ。
まだもっともっと、生きていいはずなのに。

「静玖さん。―――生きて」
「うん」
「生きてください。笑っていきる貴方を感じて、眠りたい」
「うん………!!」

ユニの身体が、橙の炎に包まれる。

「大丈夫。大丈夫、眠るだけです。貴方がマーレを呼んだら、いつだって会いに行けます」
「嘘だぁ」
「ふふ、本当です」

だから笑っていて、と。
彼女はそう望む。望んでくれる。私に、そう希っている。

「ユニ………………」

彼女の名を口にする。
気が付いた時にはもう、私は現実で目を覚ましている状態だった。
少しヒビの入った、けれども清潔感のある白い壁が目に入る。
ここは、医務室………?

自分がどこにいるかを理解したとき、『彼女』には二度と会えないのだという寂しさが伸し掛かってくるのだった。



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