綱吉と白蘭の戦いが佳境に入っ………………てはないんだろうなぁ、これ。
綱吉とナッツの攻撃はけろりとした顔の白蘭に潰されて、遊ばれている綱吉を見ている私達。
どうしよう、どうしたら良いんだろう。
ぐるぐるとお腹の中で白蘭から放たれた炎が巡っているような気もしてきて、ちょっと気持ちが悪いような、そうでもないような。
「あっ、」
後ろから首を締められた綱吉が見えて、口から震えた声が溢れる。
不思議な音を立てて綱吉のリングに炎が灯る。それに合わせて白蘭までリングに炎を灯していた。
なんだ、これ。白蘭は何がしたいの………?
灯される二種類の『空』の炎。同じ橙色なのに、決して同じではないそれ。
それが二人の気持ちを伴ってどんどん膨れ上がっていく。
ぶわりと膨れ上がったそれらは傷付けることはないのだけれど、それでも私達の肌を撫でるように吹き荒れていった。
「わぷっ」
炎圧、と言っただろうか。それが上がるのが肌で感じる。
………あぁ、あまり良くない感じがする。
駄目なのだ。綱吉と白蘭が、双方ともに炎圧を上げるのは良くない。そうだ、そうなのだ。
『空』だけで閉じては駄目なのに。
頬を舐める圧に思わず目をつぶれば、スペルビもディーノさんも、私を庇うように少し前に出る。
「これは大丈夫。いや、違う。えっと、」
「説明できんのかぁ゛?」
「理屈は知らないから、感覚の話でいいのならなんとなく。………………これは、空間の切り取りだよ。『空』だけのための密室というか、そういうのを作り出そうとしてるんだと思う」
相変わらず、なんでこんなことがわかるのかはさっぱりだ。
ただ、あれを続けたらそうなるのがわかる。
これ以上は駄目だ。これ以上は『ユニを誘ってしまう』。
「綱吉っ! それ以上は駄目だよ、ユニを誘っちゃ駄目!」
「静玖………ッ?!」
「今は静玖ちゃんを気にしてる場合じゃないよね!」
綱吉の首を絞めている白蘭の腕に力が籠もるのが見えた。
息苦しさからなのか、あれから逃れるためなのか、はたまた一度放出を始めたら止まりはしないのか、そこの判断は私にはつかなかったけれど、綱吉の炎圧がさらに上がる。
骸君の口から綱吉を称賛した言葉が聞こえて、あれ、もしかして骸君、結構綱吉のこと買ってるのかな、とか思ってしまったけれど、それどころではない。
炎の圧に負けそうになって、ディーノさんの服を掴んだ。
スペルビもディーノさんも傷だらけだから、あんまり頼ってはいけないのはわかっているのだけれど、今はちょっと、許してほしい。
ごうごうと耳の奥で何かの音がする。さっき食べさせられた白蘭の炎なのか、はたまたするすると私の中から消えていっている誰かの炎なのか、そこはわからない。
―――あっ、
「音が、」
カァアァン、と高い鐘のような音が響いた。
来た、なんて白蘭の嬉しそうな声が聞こえる。でも、それどころじゃない。
「沢田と白蘭のリングが鳴り響いている!」
「炎の形状も変わった」
「一体どうなってんだ?!」
あちこちから驚きの声と、どう対処すべきかわからないという戸惑いの声が上がる。
炎の形態が円状に変わったことで、なおのこと綱吉たちには近付けない。
「………………リングが共鳴している………?」
そんなディーノさんの呟きの後、ぽわり、と私の懐から光が溢れた。
―――おしゃぶりだ。
フィーのおしゃぶりから炎が漏れている。それにつられるようにして左手中指の『雪』のリングにも炎が灯った。
微弱なそれは、共鳴に合わせて炎圧も上がっていく。
でも、苦しくはない。
誘われるように、望まれるように、導かれるように、『空』を、一人ぼっちにしないように、寄り添うように。
それど、決してフィーのおしゃぶりの炎も、私の炎も、綱吉たちの炎のところには行きはしない。
「静玖」
スペルビの、ディーノさんの肩を借りていた右手がするりと私の頭に伸びた。
ぐしゃりと頭を撫でられるように掴まれて、そのまま近くに引き寄せられる。
うわ、と思った時には、スヘルビとディーノさんの間にすっぽりと収まっていた。
ちかちかと目の奥で、目の端で光が点滅する。
目の奥で瞬いたそれは幻想に過ぎない。けれど、
「ユニ」
「は?」
「ボンゴレとマーレが共鳴するなら、アルコバレーノだって共鳴する………!」
ジジジ、と何か音を拾ったらしいヘッドホンが音を立てる。
慌ててヘッドホンに手を当てて耳元に集中すると、リボ先生の、珍しい焦った声が聞こえてきた。
『静玖! ユニがそっちに行っちまう!』
「そ、そうは言っても、あの、私じゃどうしようも」
『そこは期待してねぇ! こっちもユニを追ってそっちと合流する。ツナたちの様子はどうなってやがる!』
「綱吉と白蘭の炎が共鳴してる。たぶん、それでユニが………アルコバレーノが引きづられてるんだと思う。気を付けないと、」
気を付けない、と。気を付けないと、どうなるのだろう。
『空』だけの空間が出来る。切り取られる。そこだけ、別になる。それはわかる。
でも、そうなったら、どうなってしまうんだ。それが何を意味するのか、さっぱりわからない。
どうしてこう、中途半端なのだろうか。私がもっと、色々ちゃんとわかる者ならば、もっともっと、ちゃんと対応出来るのだろうか。
『静玖、お前は?』
「私は平気。……………いや、えぇと、たぶん、たぶんまだ、大丈夫」
スペルビとディーノさんの視線がこちらに向くけれど、それに構っている暇はない。
まだ、だ。まだ大丈夫。今の所、隼人君や骸君の前で吐いたみたいな、あの感覚はまだない。
『ユニ!』
ヘッドホンから、リボ先生の慌てた声と、京子ちゃんやハルちゃんの戸惑いの声が聞こえてくる。
「見ろ、向こうから同じ炎の玉が!」
「なに?!」
「炎の玉の中にいんのって!」
了平先輩の声に顔を上げる。
炎の玉の中で驚き、戸惑っているユニが見える。
―――あぁ、呼ばれてしまった。
「自ら白蘭に接近するとは、あの娘、何を考えとるんだ!」
「違います! ユニは白蘭と綱吉の炎に呼ばれてしまっただけ、そこにユニの意志はないんです!」
「あは、そうそう。僕と綱吉くんに呼ばれただけ。やっぱり静玖ちゃんはわかるんだねぇ」
思わずピアスいっぱいのヴァリアーの人に突っ込んでしまった。でも、事実はそちらなのだ。
だからこそ、急激に大きさを増していく炎の中で、綱吉の首を絞めながら白蘭が嬉しそうに呟いたのだろう。
ほわほわと『雪』の炎も灯されているけれど、それがあの『空』の炎たちと合流することはなかった。ただただ、私の周りに漂っている。
この放出も、『呼ばれたもの』の一つ、なのだろうか。
こめかみあたりにつぅと汗が伝っていく。
まだ息苦しくはない。まだ、まだちゃんと、呼吸できる。大丈夫。
―――どこまで持つかは、知らないけれど。
「ボンゴレリングにマーレリングにアルコバレーノのおしゃぶり………。トゥリニセッテのそれぞれの『大空』が集結しようとしている。リングの波動の過負荷により、引力が発生しているのか?!」
骸君、冷静に解析してないでー!
綱吉と白蘭の炎の球体と、ユニの球体とが合流しようとしている。誰かのまずいぞ、の一言にでもどうしたら、と焦りばかりが生まれてきた。
「止めるんだ! ユニを白蘭に近付けてはならない!!」
ディーノさんが声を張り上げる。
その直後、隼人君とザンザスさんの炎の弾丸が吹き飛んだ。
その合間を縫って山本君が刀を振り下ろすけれど、炎の結界がそれを弾く。
「『雪』の炎でなんとかなる………?」
「なるかぁ゛。お前一人で三人分? 賄えると思ってんのか?!」
「無理」
無理だ。そんなの、逆立ちしたって無理だ。
思わずスペルビの一言に冷静になってしまった。致し方ないことではあるのだけど。
私がそんなことが出来る奴ならば、今こうやって二人の間にいる必要なんてない。
まだ鐘のような音が聞こえる。ゆっくりと小さくなっていくそれは、二つの球体がくっついた時、そぅっと消えていってしまった。
くっついてしまった。
「ようこそ、ユニちゃん! どうだい、驚いただろ? トゥリニセッテの『大空』はとてつもない炎を放出し合うとこんな特別な状態になるんだ。これで誰にも邪魔されない、三人だけの舞台が出来たね。トゥリニセッテの『大空』だけが存在できるスペシャルステージだ」
そこまで言って、ちらり、と白蘭の視線がこちらに向いた。
「『雪』も入れなくはないけど、ふふ、今の静玖ちゃんでは三人分なんて賄えないもんね。そこで大人しくしててね。―――綱吉クンにはもう用がないから、すぐに僕とユニちゃんだけの二人っきりの舞台にするね」
「ぐぁ………!」
「やめて!!!」
綱吉………!!
白蘭の腕がさらに強く綱吉の首に巻き付いた。あれは首の骨を折るようなそれで、思わず自分の首に手を当ててしまった。
どうしよう、綱吉、綱吉、死なないで………!
「んー? 今更『やめて』なんて、どの口が言っているのかな? 自分を守らせるためにボンゴレの連中に命をかけさせたのはユニちゃんじゃないか。相手は絶対に勝ち目のない僕だって最初からわかってたはずだよ? 何のあてもなく逃げまくって、闇雲に犠牲者増やすだけの逃走劇を仕組んでおいて――――――自分勝手にも程があるよ」
白蘭の腕の中で、綱吉はぐったりとしたままだ。
そんな綱吉は無視して、白蘭はじっとユニを見て口を開く。
「結局は自分のために多くの人間が動く姿を見たかった。そんな興味本位から逃げてみようなんて考えたんじゃないのかい? アルコバレーノのお姫様」
ユニとの付き合いは長くないけれど、ユニがそんな目的のために綱吉を巻き込んだなんて思えない。思いたくない。
なんの手立てがない自分がとても憎い。
そんな折、ユニの肩あたりが光を放つ。
…………え、なんであんなところ。
「なんだい、今のは? 何かをマントの内側に隠しているね」
「あっ、ダメです。まだダメ………」
まだ?
「あっ!!!」
ごとん、なんて音を立てて肩あたりから落ちたのは、
「アルコバレーノのおしゃぶり!!!」
隼人君の声に、少しだけ安堵を感じだ。
え、待って、でもなんか変。まあるいだけじゃない。
「おしゃぶりの表面から、何か飛び出している!!!」
「アルコバレーノの肉体の再構成がはじまろーとしてんな」
「再構成?!」
「わかりやすく言えば、復活だ」
「復活?!」
「まさか最強の赤ん坊たちが生き返るのか?!」
「『大空』のアルコバレーノの力を持ってすれば、仮死状態のアルコバレーノを生き返らせることができると聞いたことがある………。だがまさか、おしゃぶりからとはな」
ちらり、とリボ先生の視線がこちらに向いた。
向いても何も言うことないのだけれど。ないのだけれど?!
『アルコバレーノは後継者が選ばれたところで 』なんて、私が知っているはずが、
(私が、知っている、はずが………?)
がつん、と何かで頭を叩かれたような衝撃が走る。
ズキンズキンと痛みが後を引いているけれど、これを悟られている場合じゃない。
ぐ、と思わず奥歯を噛みしめる。
今はそれどころじゃない。
「アルコバレーノが復活すると、どうなるというのだ?!」
「奴らが戻れば、この時代のトゥリニセッテの秩序すなわち世界の秩序が回復するだろう。………それ以前に奴らは強い!!! 完全なアルコバレーノと沢田が組めば、白蘭を倒せるかもしれないない」
了平先輩の問いに答えたのはラルさんだった。
そっか、アルコバレーノが復活すれば………。
「アルコバレーノの復活ねぇ………。あぁ、だから綱吉くんに守ってもらってたんだ。そうだね、そっちに炎を捧げているなら、自分を守るものなんて何もないもんね。でも、その様子じゃあ、アルコバレーノが復活するのには下手すりゃ後一時間は掛かりそうだね。――――――あぁ、だから、それもあって静玖ちゃんから奪ってるんだ」
待って。いや、あの、本当に待ってほしい。
両隣から鋭い視線が発せられるが、申し訳ないけれど私もユニも無罪だ。
ユニは私から炎を取ってないし、奪われている事実はないのだから、私の報告義務もない。はずだ。
え、ないよね? 私はユニに取られてないよ!
あの、何かが抜けていっているのは、私じゃない。
「………………あれ?」
「静玖?」
私はアルコバレーノじゃない。まだとりあえず一応一般人だ。炎は使えるけど、まだ、あの、一般人である。
つまりユニの『雪』じゃない。だとしたら、ユニは―――あぁ、そっか。あの、一枚隔てた先で何かが吸い取られるそれを感じたのは、ユニがフィーの炎を吸い上げていたのか。なるほど、なるほど。
………………え????
「静玖、どうなんだ、その辺り」
「たぶん、たぶんあれは白蘭の勘違い。こう、吸われてる感じはないし、あったとしても、あれは私の感覚じゃない」
「はぁ゛?」
「もう、凄まないで、スペルビ。………何を思って白蘭が断定したかはわからない。でも、たぶん、ユニは私からは奪ってない」
「『私からは』、な」
ぐぅ、そこ突っ込まないで、ディーノさん。
「あっはは。自覚なんてなくて良いんだよ。仕方ないしね。それに簡単な話だし」
「簡単な、話………?」
「君は『雪』だ。そうしてユニちゃんは『大空』だ。空が望めば君たちは簡単に差し出すだろう。君たちはそういうものだ。空が欲しがっているんだから知らず知らずにあげちゃうものだよ」
そう、なのだろうか。
たとえ私の『空』がティモであっても?
それでも、望まれたらあげてしまうんだろうか。そういう、ものなのだろうか。
「あぁ………、静玖ちゃん、大丈夫?」
白蘭の瞳が、それはそれは楽しそうに弧を描く。
「気が高ぶってるのかな? 鼻血なんて珍しいねぇ」
そう言われて、初めてつぅと赤い液体が鼻から垂れたことに気がついた。
鼻血なんて、なんで。
ぐい、と軽い握り拳を作って手の甲でそれを拭うけれど、後から後から溢れてくる。
「馬鹿、拭うな」
「んぐ」
ディーノさんが裾を伸ばして鼻の下にぐっと腕を押し当てた。
血を止めるために必要なこととは言え、申し訳ないことをしている。
タオルならある、と言ってディーノさんを止めようとするけれど、それより先に身体が寒気に震えた。
頭の奥を叩く痛みが身体全体に響いているようだった。
そうして、またあの感覚がせり上がってくる。
―――吐き気だ。
(嫌だ、吐きたくない。吐きたくないのに)
口から溢れたのは、すでに四度目となる血だった。
膝から力が抜けたけれど、スペルビとディーノさんが支えてくれたから倒れふすことはなかった。
「静玖さんっ」
「む、く」
骸君、と言いたかったけれど、言葉が生まれることはなかった。その代わりに、口からずっと落ちていくのは血だけだ。
スペルビとディーノさんの腕を払って、私の身体に腕を回しながら骸君がゆっくりと座らせてくれた。
止まらない、止まらない。
せり上がってくるそれを止める術がわからない。
咳き込んで、熱いそれを吐き出して。
自分も、骸君も、ディーノさんの一部も赤く染めてしまった。
「キャパシティオーバーだ」
「…………?」
「ユニが炎を奪えるならそれは静玖じゃねぇ。それはまだあり得ない。起こり得ない。それなら、フィーから奪ってることになるだろう。『炎』が抜かれるってことがどういうことかはブルーベルを見ればわかるだろう」
リボ先生がぴょこりとフゥ太少年の肩から降りて、私の傍へとやって来た。
ザァザァと耳障りな耳鳴りがして、正確に彼の声が聞き取れない。
「本来、フィーが受けるべき肉体への負荷が静玖を蝕んでいるんだ。静玖が受け止められる容量を超え過ぎたんだろう。で? 静玖、初めてじゃねぇな?」
なんて、なんて言った?
リボ先生は、えぇと、回数? 吐いた回数を聞いたの?
合ってるかな。
「よ、よん、けほ、ごほっ」
「は? 四回目?」
「静玖さん、君って人は」
咳込めば咳き込むだけぼたぼたと口から血が溢れていった。
きゃぱしてぃおーばー、ってなんだっただろうか。
頭が回らない。息が苦しい。
血の気が引いた顔で骸君を見上げる。
せっかく幻術で先程吐いた分は隠してもらったのに、これでは意味がない。
それでだから、えっと、―――あぁ、駄目だ。思考が纏まらない。
思わず骸君の腕を掴む。
口を開けばまた喉の奥から血が溢れてきた。いったい、どれだけ吐くのだろう。
喉を通る生温い鉄臭いそれを一通り吐き出せば、じっとりと背筋が冷や汗で濡れていることに気が付いた。
そんな私の背中を、骸君がそっと静かに擦っている。
すぅっと血の気が引いていく。寒気と怖気が同時に身体を襲ってきて、がちがちと歯の奥が鳴り合って頭に響いていった。
「はっ、ぐぅッ………!!」
ごぽり、とおまけと言わんばかりに最後に血を吐き出して、寒さを訴える身体が震えだした。
そんな私を、骸君が黙って引き寄せる。胸元に頭を預けるような体勢に、少しだけほっとして息を吐いた。
「あぁ、見ただろう、ユニちゃん。これがボンゴレを巻き込んだ君の罪だよ」
白蘭の腕の中で首を絞められている綱吉と、骸君の腕の中で意識を飛ばしそうになっている私とを見て、白蘭が楽しそうに口端を歪ませた。