135

自分で声を掛けておいてあれだけれど、「おはよう」じゃないんだよなぁ、とは思いつつ、静玖がちゃんと「静玖」にことになったことにほっとして、ユニを連れて走る。
さっきまでの静玖は、静玖じゃなかった。あれが誰だかはわかってる。あれが「フィー」だ。
静玖の顔と声ですっごい発言していたことにビビった。
うっそだろ、静玖の口から一人称、「俺」!!!
やめて!! ってすごく思った。
リボーンのことすら呼び捨て! 白蘭のことは鼻で笑っていた。
静玖の顔でそんな顔しないで! と、叫んだ深琴の気持ちがよくわかる。俺も言いそうになった。
だからこそ、ぺたん、と座り込んでしまった静玖………フィーに驚いたし、ディーノさんが名前を呼べば、身体を跳ねさせ、驚いた顔をして振り返った彼女が………「静玖」だったことに安堵したんだ。
―――あぁ、良かった。起きたんだな。
それが俺の感想。
あいつの意識が戻ってきたならそれで良い。
前を走るディーノさんは軽々静玖を抱えていて、静玖はその腕の中で何がどうなっているかわからない、と挙動不審になっていた。
いや、うん、起き抜けにあれはビビるよな。
でもあれ、お前の身体を使ってフィーがやったんだぞ。
後でちゃんと教えてあげよう。








何がどうしてどうなってしまっているのかよくわからず、ただただディーノさんの腕の中に居ざるを得なかった。
ディーノさんは私を抱えたままケロッとした顔で走るし、正一君は担架に乗ってるし、綱吉はあの子の腕を掴んでいるし。
隼人君達を置いてきてしまったのはそれはそれで心残りではあるのだけれど、良くわかっていない私に何が出来るのか、と問われれば当然何も出来ない訳で。
だから結局、ディーノさんに抱えられていることしか出来なかった。
ちょっと苦しいぐらいに強い力で私を抱えているディーノさんは、時々綱吉の方を向いてちゃんと着いてきているか確認すら出来ている程に余裕だった。
あの、それなりの重さの子供抱えてるんですけど、マジですか。なんでそんな余裕なんですか、ディーノさん。
ふ、と静かにため息を吐く。そうして、首に巻いていたストールが左手に巻かれていることに気が付いた。
………あっ、そうだ、怪我!
あの雪月さんとの出来事が夢でないのなら、………いや、夢だとしても夢じゃないにしてもアレなんだったんだろうか。
そもそも、雪月さんって死んだ人だよね。でも、綱吉のアレ………綱吉がティモたちと会ってたアレとはたぶん違うと思うんだよね。いや、違うからなんだって話ではあるのだけれど、それはそれとして。
むぅ、と唸って眉間に皺を寄せていると、ディーノさんの足が止まった。
どうしたんだろう、と彼を見下ろすと、ようやく彼の腕から開放されることとなった。
地面に足が着いて、ちょっとディーノさんから離れようとしたら、背中にディーノさんの腕が回って、ぐいと身体を引かれた。
え、あれ、

「ディーノさん、あの、」
「駄目だ。傍に居てくれ」
「う、はい………」

通信越しにたくさん心配と迷惑を掛けたことを考えれば、彼の言葉に素直に頷くしかなかった。

「転送システムよ! あれに炎をぶつければ!!」

ビアンキさんの声に視線を上へと持ち上げた。
転送システムってあれだよね、最初に綱吉たちが炎をぶつけたやつ。
あれに炎を集めれば、元いた場所に戻れるのかな?
そう思って上を見つめていると、私が離れないと理解したのか、ディーノさんが腕の力を緩めた。
視線をディーノさんへと戻すと、彼は少しだけ眉を下げて、困ったような、と言うか、ちょっとだけ呆れを含んだような表情をしていた。

「こんな時ばっかり素直で………」
「いっぱいご迷惑とご心配をお掛けした自覚はあるので」
「あぁ、わかっているなら良い。次からは無しだ」
「善処します」

としか言えない私を許してほしい。
目を伏せた私の手を………………たくさんの血を吸って赤く染まってしまったストールが巻かれた左手を取った。
………あれ、やっぱり痛くない。
本当に、傷は無くなってしまったのだろうか。

「痛かっただろうに」
「でも、あの時は必要だったので………。それにたぶん、もう無いです」
「無い?」
「はい。傷はもう無いです」

そう言いながら、ディーノさんの手を借りてストールを剥がしていく。
そこにあった私の手は、流した血すら残っておらず、怪我をした形跡なんてなかった。

「…………!! お前っ」
「待って、待って、説明出来ない。理論とかさっぱりなんです」
「それでいい。教えてくれ」
「夢の中で、初代『雪』の守護者が貰っていった………?」
「ははっ、なんだそれ」

そうかそうか、なんて言いながら、ディーノさんは私の左手を少し持ち上げると、怪我をしただろう場所にそっと口付けた。
ひょえっ!!!

「ディーノさん!!!!」
「お、ツナとユニ、来たか」
「来たかじゃないし………! 静玖、大丈夫?! ディーノさん、それセクハラです」
「ツナもクロームもオレに手厳しくないか?!」
「ないです」

ディーノさんの言葉を否定したのはくーちゃんだった。
なんかちょっと前もくーちゃん、ディーノさんのことセクハラだなんだ言ってなかったっけ?
首を傾げながらくーちゃんを見て、それから綱吉を見る。流れるままに視線を綱吉の隣の女の子に向けて、身体が強張った。
すぅ…っと、身体から何か抜けていくような感覚がしたけれど、その感覚そのものはどこか膜一枚隔てた向こう側にあるような感じがして、言うなれば自分本来の感覚ではなくて、誰かの感覚を感じたかのような、そんな違和感を持っていた。
なんだ、これ。

「静玖さん?」
「えっ、あ。………何かな、えぇと、」
「ユニです。ユニと呼んで下さい」
「ユニ」
「はい、ユニです」

にこ、と笑った彼女に、身体の強張りが消えていく。
なんだったんだ。一体、なんだって言うんだ。
不思議な感覚に戸惑っていると、ディーノさんが大丈夫か、と声を掛けてきてくれた。
とりあえず今はもう変な感覚は無くなったので頷いておく。
少しだけ訝しげに私を見ていたディーノさんは、そっと頭を撫でてきた。
大きな掌で撫でられて、気分が落ち着いてくる。それどころじゃないっぽいのはわかるのだけれど、ほぅと静かにため息を吐いた。

「非戦闘員は中に入れ。基地の中はアルコバレーノ用にノン・トゥリニセッテ対策もしてある」
「はい!」
「獄寺君達は………」
「あっ」
「来ました!!」

綱吉の声に視線を上げる。
嬉しそうな京子ちゃんたちの声が聞こえたと思ったら、ビルの影からアーロちゃんと、それに乗ったスペルビたちが見えた。

「よぉし!! 出せぇ!!」

大きいスペルビの声が響き渡る。
良いんだろうか、こんな時に騒いでしまって。
そんなスペルビの近くで、頭に瓜ちゃんを乗せた隼人君が見え………いや、あれ、乗っかられてるな、瓜ちゃん、ご機嫌斜めかな?
なんて思って見ていると、瓜ちゃんが隼人君の頭をていっと蹴って私のところにまでやって来た。
うにゃん、なんて楽しそうに鳴いているのを見ると、どうやら隼人君にだけ当たりがキツいみたい。なんでだろ。
瓜ちゃんに手を伸ばせば、身軽にその身を預けてきてくれた。うん、可愛い。
どうやら、私が起きた瞬間に何かあったらしく、ミルフィオーレの人たちの足止めを雲雀先輩のハリネズミがしているとか。
メローネ基地でお世話になったハリネズミのことだろうと思うと、少しだけ気分が上がる。
―――のだか、

「あいつ………!!!」
「白蘭………………」

靴に何か仕込んでいるのか、そこに炎を灯して空を飛んでこちらに向かってきた。
その瞳の鋭さに恐怖が沸き立ち、思わず腕の中の瓜ちゃんをちょっと強く抱き締めてしまい、つん、と爪を立てられてしまった。
う、ごめんよ、瓜ちゃん。

「お前達は先に行け。今度はオレが時間をかせぐ」
「でもディーノさんだけ取り残されちゃうんじゃ!!」
「誰かがやんねーとな………。真六弔花もすぐ来るぜ、行け!」

鞭を構えたディーノさんに、綱吉が声かける。
白蘭の足止めをしなくてはならない。彼を、ユニに近付けさせるわけにはいかない。………………なんで?
自分の思考に突っ込みを入れてしまった。
どうしてそう思ったんだろう。

「相手が誰だろうと、僕を止めることは出来ないよ!!」

白蘭の声に対して、霧が立ち込める。………霧が、立ち込める?
発生源を見れば、それはくーちゃんの槍の柄からで、何がどうなっているのか目を瞬かせた。
くーちゃんと綱吉も驚きに目を見開いている。…………ん、いや、あれは違うかもしれない。驚いてはいるけれど、私の驚きとは違う驚きな気がする。

「クフフフフ………、それはどうでしょうねえ」

この声。
くーちゃんの槍が消えていき、新しい槍が出来る。そうして、それを掴む黒い手袋の手があって、人の形を形成していく。

「僕に限って!!」

記憶より長い髪が風に踊る。

聞こえる筈のない鈴の音が、高く響いた気がした。



- 136 -

[] |main| []
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -