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「白蘭様、すみません」
『んー、どうしたの、柘榴君』
「静玖に逃げられました」
『はぁー、柘榴、ダッサ』
「ウルセェぞ、ブルーベル!!」
『え、静玖ちゃん、逃げたの? なんで? 飲ませなかった?』
「睡眠薬の方を飲ませました。そしたら、」
『そしたら?』
「カップ割ってその破片掌に押し付けて逃げました………」
『は?』
『え、意味わかんない』
『静玖様は随分とお転婆なようで』
「ウルセー、テメェはチョイスに集中してろ、桔梗」
『は、ははははははははは!!!!』

耳元で響いた我が王の笑い声に、びくりと肩を揺らす。

『え、静玖ちゃんてば、そんなことしたの? 痛みで意識を繋いで? あはははっ、本当に、面白い子だなぁ』
「まだご報告が」
『うんうん、なあに?』
「アイツ、匣持ってました」

一拍。二拍。

『あっははははははははははっ!!!』
「びゃ、白蘭様?」
『はははッ、嘘でしょ、静玖ちゃん!!! びっくり箱かな?!』
「白蘭様………」
『うん、良いよ。今は放っておいて大丈夫だよ。ボンゴレリングを貰ってから回収しよう』
「良いんですか?」
『良いよ良いよ、大丈夫。静玖ちゃんの回収は後回しで問題ない。それに感情に任せて動けるなら、それを楽しませてあげなくちゃ』

どうせすぐに無くなっちゃうからね、と、白蘭様はそれはそれはもう、楽しそうに笑っていた。












ビルに纏わせていた『雷』の炎を、レナの『雪』の炎を纏った声がかき消す。
邪魔にならないように身体を小さくさせてレナにしがみつく。そんな私を確認してから、レナがビルそのものに体当たりをして、破壊した。

「痛っ………」

ビルの壊れた破片をすいすいー、と軽やかに泳ぎながら避けてくれたレナに感謝しつつ、グッと握りしめたままの左手から、ぽたりぽたり、赤い血が落ちていくのが見えた。
いくら眠気に勝つためとは言え、これはやり過ぎた気がする。
けれど。

(今だって、気を抜けば眠る。絶対寝る。それは駄目だ)

頭の中に重たい何かがあって、それに意識を向けると秒で寝るだろう。間違いない。
レナの上に乗っかったまま、スィーと宙を泳いでいく。
乗ってるだけで良いのは気が楽だ。いや、炎は出していなきゃいけないけど、それでも自分で走るよりはずっと楽だ。

『静玖、大丈夫?』
「眠い。すごく眠い。深琴ちゃん、どうしよう」
『今は寝ちゃ駄目だからね!!』
「うん、大丈夫。痛みがあるからまだ大丈夫」
『………………………痛み?』

あ、口走った。

『あ゛ぁ?』
『静玖ー。怒らないから言おうな? ん?』

なんで凄むの、スペルビ、ディーノさん。
音量を上げていたヘッドホンから聞こえる声の低さに、むぅ、と唸る。

「薬で眠くなるじゃないですか」
『あぁ』
「寝ちゃうから! って思って、それをどうにかしようとすると思考が短絡的になるでしょう? 焦ってるし」
『まぁ、………うん、なるな』
「で。睡眠薬入りの紅茶が入ったティーカップに八つ当たりするでしょう?」
『具体的に答えろぉ』
「こう………、割ったんだよ、こう、あの、叩きつけて?」

眠気が襲ってくる。ふるふると首を振ってそれを払おうとしても、中々いなくならない。薬ってのはとても厄介だ。

『あの音はそれか………』
『で? それをどうしたんだぁ゛』
「あー、えと、こう、あれですよ。破片を左手にグサリ」
『アホかーーーー!!!!!!!』
『馬鹿野郎、何してんだぁ゛!!!!!』
『静玖の馬鹿ーー!!!!』
『静玖ちゃん、それは駄目。ボスに叱られて』
『あぁ、お仕置きだな、静玖』

ディーノさん、スペルビ、深琴ちゃん、くーちゃん、リボ先生からの言である。むぅ。
いや、怒られることはしたな。こればっかりは自覚がある。
大人しく怒られよう。

「でも、それしないと寝ちゃうから………」
『うーん、声が蕩けてる。本当に寝そうだな』
『どこまで刺したぁ』
「んん? えぇと、」

ゆっくり、痛みに顔を顰めながら手を開く。
流石に貫通まではしていない。そこまで大きな破片は瞬時に手に入らなかった。
ただ、惨劇なのはわかる。これ、さっきの男の人が言ってたの間違いないかもしれない。えぇ、どうしよう。なんて言ったら良いのかな。ううんと、

「貫通はしてないよ!」
『そういう問題じゃあねぇんだよ、この問題児がぁ゛あ!!!』
『静玖、随分とテンション高いね』
「じゃないと寝る。痛みだけじゃ保たない」

もう素直に白状する。

「素人がね、薬に打ち勝とうなんて早まったかもしれない」
『あああ、雪の方、もう暫く保たせてください。今、貴方の居場所解析してますから、もう少し! もう少しですよ!!』
「がんばる………」

頑張れるだろうか。頭が重い。瞼も重い。ただ、左手だけが痛みで熱を帯びていて、存在を主張している。
………………これ、怒られるのも覚悟でいっそ貫通させてしまう? いや、さすがにその痛みには違う意味で耐えられないだろう。

「えっと、あぁ、どこまで刺したか、か。うぅんと、そこまで大きな破片ではないよ。引っこ抜いたらぱっくり裂けそうな感じはするけど」
『大怪我では?』
「まぁ、………まぁ、大怪我だね?」
『静玖………』

眠気で思考がふわふわしてきた。なんとなく、マモ君が近くにいるような感じがするのも良くない。
ピアスのお陰かな。あれ、これ言った方がいいのかな。
マモ君が近くにいてくれるから、安心してしまう。………いかん、寝る。
破片を右手で少しだけ押し込む。
鋭い痛みに顔を顰めて、つぅ、と冷や汗が背中を通った。

「うぐぅ………」
『あ、静玖、余計なことするな。ってか今、何をした』
「えっ、」
『静玖』

ヘッドホンから聞こえた低いディーノさんの声にふるっと身体を震わせて、痛みで少し遠ざかった眠気に、ほっと息を吐いた。

「破片をこう、」
『押したのか』
「押、しました………」
『静玖、頼むから自分を大事にしてくれ』

でもだって、そう続けようとして、それは駄目なのだと思い直した。
どんな理由があれ、身を傷付けるなと、そう言っているのだから。

「ディーノさん、あの、ごめんなさい。でも、マモ君が傍に居てくれるような気がして、眠気がいなくならない」
『それだー!!!』
「えっ、どれ」
『それですよ、雪の方! マーモンさんの『霧』の炎で雪の方が隠されていますね! そりゃあ、見付からないじゃないですか!』
「えっ」

そうなの?
じゃあ、これ、感じちゃいけないやつだったのかな。でもな、マモ君の気配に安心する。
………………………………あれ?

「………………えがする」
『静玖?』
「声がする」
『フィーではなく?』
「フィーじゃないですよ、リボ先生。―――女の子の声がする」

鈴を転がすような軽やかな、けれど、どこか使命を帯びた重みも忘れていないような、そんな少女の柔らかな声がする。
どこからだろう。行きたいな。会いに行きたい。

「レナ、声の場所、わかる?」
『おい、コラ、大人しくしてろぉ』
「ん、でも、」
『静玖、チョイスも決着が着く。それが終わればお前を迎えに行ける。だから大人しく隠れてろ』
「………………………………だめ」
『静玖?』

頭が重くてぼぉっとする。
スペルビの静止はわかる。わかるのだけれど、声も気になる。………違う。気になる、ではないのだ。
―――会いに、行かなきゃいけない。
彼女は私を待っている。
私とフィーを、待ってる。

「行かなきゃ………」
『おい、静玖?!』
「だって、泣いてる。苦しんでる。………………駄目だよ。あの子が泣いてるのは、駄目なんだ」

だって、それを癒やすために『私』は居るのに。
それなのに、なんで、

「あの子の涙を、止めてあげなきゃ」

すいとレナが宙を舞う。
私の意図を察して、動いてくれているのだ。
耳元で聞こえるスペルビとディーノさん、そして深琴ちゃんの声が聞こえにくくなってきた。一瞬、意識が遠のく。
まだ、まだ駄目なのに。まだ会えてないのに。
ぐ、と緩く左手を握りしめる。肉に食い込む破片が痛いけれど、そんなこと気にしていられない。

「……静玖さん?」

泣きそうなのに、苦しいのに、それを感じさせないで笑う人。
重たい瞼を無理やり持ち上げて彼女を見た。
目元にいつかの石の姿を宿した少女。
私が会いたかった子。私を呼んだ子。
………おかしいなぁ、なんでそんなこと知っているのだろう。
レナが頭を下げたので、そっとレナの背から降りた。ぱしゅん、と軽い音がして、レナは匣の中へ戻った。

「どうして、………もしかして、会いに来てくれたんですか?」
「うん………」

彼女の手が右耳に伸びる。
思わずその手に縋ろうとしてしまって、は、と我に返る。
………………違う。本当に縋りたいのはこの子の方なのに。
ヘッドホンの電源が落とされた、と思ったときには、彼女の顔が近づいてきた。
――――――えっ。

驚いた時にはすでに遅く、少女の唇が私のそれに重なっていた。



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