ちゃっかり改造されていた柚木のヘッドホンは、音声通信だけでなく、映像通信も出来るようになっていた。いつの間に、とは思うが、確かに柚木のヘッドホンが一番弄くりやすかったのだろう。
ちょこん、とスクアーロの足の間に座ったまま、柚木はリボーンさんからの報告を受け、きらきらと瞳を輝かせていた。
ぶつん、と切れた通信画面を見て、張り詰めていた息をそっと吐き出した。
そんな俺を見て、通信を終えたリボーンさんが、
「ディーノはともかく、お前までそんな顔をするんだな、獄寺」
なんて言ってきたので驚いた。
そっと自分の頬に触れる。なにか、変な顔をしていただろうか。
と言うか、跳ね馬はともかく………?
「俺は嬉しいよ」
「十代目?」
「大切な者が増えるのは、俺にも静玖にも獄寺くんにも大事なことだから」
ね、と笑う十代目に、いまいち理解しないままに首を縦に振った。
「良いのか、ツナ」
「むしろ何が駄目なんだよ、リボーン」
十代目は敢えてそこで言葉を切り、にこりと笑った。
「最終的には俺のところに帰ってくるんだから、なんの問題もないだろ?」
どろりとした重たい感情が腹の奥に溜まったのは、果たして十代目に向けてなのか、柚木に向けてなのかは、今の俺には判断がつかなかった。
☆ ☆ ☆ ☆
「これをこうして、」
「こうして」
「こう!」
「こう」
昨夜、リボ先生からの通信にはびっくりしたけれど、その内容にはもっともっと驚いた。
とりあえず、安全性が確認出来たみたいだから、炎を使っての修行の許可が降りたのだ。
通信画面に映るリボ先生の隅っこに映っていたディーノさんの顔がイケメンにあるまじきものだったのは気にしたらいけないんだよね。
思わずスペルビに確認してしまったけれど、彼はぽすぽすと私の頭を叩くだけで明言はしなかった。えぇ、なんで。
まぁ、それはそれとして。結局、あの後スペルビと話し合って、匣は開けてみることにしたのだ。せっかく、炎を使っての修行ができるようになった訳だし、実戦の前にちゃんと顔を合わせておきたいっていうのもある。
思わず獄寺君の瓜ちゃんを思い出す。とても可愛かった。私の二匹………二体? も、可愛いといいなぁ、と思ってしまう。あ、でも格好良いのも可。
そう思って今日、つまり一夜明けての朝、山本君に匣の開け方を教わっている。
これを………リングに炎を灯して、こうして………いや、ポーズはいらないかな、こう………匣に炎を注入する!
ぱかっと口を開けた匣から、白い炎を纏って現れたのは、一匹………一体の狼。
うーん。
「どう見てもぬいぐるみサイズ」
「だな」
ちょこん、と座った真っ白な狼………ルピナスは、円な瞳を輝かせてこちらを見上げてきている。可愛い。
そんなルピナスの隣に座ってぶんぶんと尻尾を振っているのは山本君の匣アニマルであるわんちゃんだ。この子はこの子で可愛いな。…………綱吉は苦手に思ってそうだけれど。
ルピナスの前にしゃがみ込んで、そっと手を伸ばす。ルピナスは嬉しそうに私の手にその頭を擦り付けてきた。
「はじめまして、ルピナス。私は静玖。宜しくね」
そう言うと、ルピナスがたっと地を蹴って私の胸に飛び込んできた。なんとなく、ひんやりとするのは『雪』の炎の影響だろうか。
よいしょと抱っこし直して立ち上がる。そんな私の足に頭を擦り付けてきたのは山本君のわんちゃんである。
ふわふわの毛がくすぐったい。
「こーら、次郎」
なんて言いながら、山本君はひょいと軽くはないだろうわんちゃん………次郎ちゃんを抱き上げた。
運動部の腕力ぅ。
ちらっとルピナスを抱き締めた己の腕を見る。帰宅部らしい頼りない腕だ。こればっかりは致し方ない。
きゅうっとルピナスを改めて抱き締めてから、近くにいたスペルビにその子を渡す。
片手でルピナスを受け取ってくれたスペルビは、そのままほぼほぼ手のひらの大きさだけでルピナスを支えていた。
はー、手が大きくて羨ましいことで。むぅ。
「静玖? なんでスクアーロに渡したんだ?」
「スペルビがくれた方も開けたいから」
「ん?」
「うん??」
首を傾げた山本君に、何か変なことを言っただろうか、と私も首を傾げる。
お互いに首を傾げていたけれど、不意に山本君が私に手を伸ばす。
がし、と私の顔を掴んだ。
―――うえ?!
「匣が二つなんて聞いてないのなー!」
「いたたたたたたッ!!!」
ぎゅっと指先に力を込められる。
痛い、いたい、痛いッ!!!
ぎゅぎゅっとされている私を見て、ルピナスを持ったままスペルビが吹き出したのがわかった。酷い!!!
「はい、お仕置きしゅーりょー」
「いたい………」
特に生え際が痛い。まだきしきしと締めつられているようだ。
「暴力反対だ………………」
「報、連、相しない静玖が悪い」
「スペルビにはしたよ」
「………ツナには?」
「してな―――――――――痛ッ!」
ペシッとデコピンまでされて、額がじんじんと痛み出す。
なんでこんなに暴力で訴えるのさ。
うう、と痛みに涙が落ちる。頬を伝うそれを拭おうとすると、スペルビの右手が伸びて、そっと拭った。
「スペルビ」
「まぁ、当然の仕打ちだろうなぁ」
「なんで?!」
「…………ん、あぁ昨日言ってた件これかぁ。……………………いやこの件、獄寺だったらこれにプラスして正座に説教だぞ?」
「嘘?!」
獄寺君、そういうタイプだっけ?!
痛む額を撫でて、むぅ、と口を尖らせる。それから深呼吸をして、
「気を付ける」
とだけ言った。
「何に?」
「とりあえず報、連、相はなるべくする。それから、えぇと、隠し事もなるべく駄目、かな?」
「まぁ、及第点だな」
「及第点………………」
繰り返すと、山本君がニカッと笑う。
そうして、さっきまで私の頭を掴んでいた手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「さっ、もう一個の匣、開けてみてくれよ」
「うん」
ちょっと山本君の『及第点』が気になるけれど、それは置いておこう。
ポケットからスペルビに渡された匣を取り出す。
そっと縁を撫でてから、指輪に炎を灯す。
………これを、こうして、こう!
匣に炎を注入する。ぱこっと小気味よい音を立てて開いた匣から飛び出したのは、
「………ちょっと大き目な抱き枕サイズ」
「だな」
いや、プールとかで使うバナナボートかな?
そんな感じのサイズのクジラである。ただ、どことなく平べったいような………あれ?
「えぇと、シロナガスクジラ?」
「あぁ、それか! そんなクジラってこう、丸い感じのイメージだったんだけど」
「平べったいと言うか、お腹側が膨らんでいると言うか?」
おいで、と手を伸ばせば、しんなりとした長い身体で私の周りを踊るようにくるりと回転した。
この子が、私の盾であり、剣であり、足になる子。
すい、と額の辺りを私の顔の前に差し出したので、ちょいとそこに額をくっつけた。
「これから宜しくね、レナ」
後、ルピナスとも。と、思って、スペルビからルピナスを受け取って、レナの額だろう辺りにルピナスを近付けると、嬉しそうに鼻先を擦り合わせていた。可愛い。
………………この子達がいるなら、大丈夫かな。アレ、上手くいくかな。
口にしたらきっと怒られるだろう事をちょっと考える。
(綱吉をこれ以上苦しませるわけにはいかない。深琴ちゃんを巻き込んだ責任は、私が取る。その為には―――)
パシュっと音がしたかと思えば、頭上に影が出来た。
なんだろ、と見上げ、そこにいたモノにぎょっとする。
「さめだ」
「サメだな?!」
「アーロだぁ」
アーロ? スペルビの匣の子?
くわっと口が開けばギザギザの歯が見える。いや、これ怖いね?!
あ、いやでも、うーん? 慣れたら可愛く思えそうな、なさそうな。
私の頭上を通り越して、宙を泳いでいくアーロちゃんをレナが追いかける。空中で海にいるような追いかけっこをする二体を見て、ぴぃぃい、と声を上げて何かが飛んだ。
「お、小次郎も集まるか」
ぺとっとレナに乗ったのは山本君の燕でぴぃぴぃ何か訴えている。わたわたと腕の中のルピナスが動いたので、どうぞ、と手を離せば、ぴょいと跳ねて降りたと思ったらアーロちゃんの垂れてる尾に飛び跳ねて捕まり、そのままアーロちゃんの背を辿って頭の方へと走っていった。
はー、和む、可愛い。
ただ、ちょっと不安なのは、あまり長く炎を使えないことだよね。メローネ基地では割とキツかったし。
その辺りも相談したら何かいい案くれるかな。
ちらっとスペルビを見れば、私の視線に気付いた彼が、ついと眉を吊り上げた。
「相談があります!」
はい、と挙手すると、山本君がにこっと笑った。正解だったみたい。
スペルビの右手が伸びて、額に触れる。それから頬を撫で、両手が後頭部に伸び、上を無理矢理向かされる。
上から覗き込んでくるスペルビにひぇっと思いながら、何がしたいのかわからないのでそのままにしておく。
「お前、熱はねぇか? 大丈夫かぁ゛?」
「そういう心配はどうなのかな?!」
「いや、………いや、そうだな」
くしゃりと頭を撫でてきたスペルビに、山本君へと視線をずらす。
こんな風にスペルビに心配されるような程大人の私はアレなのかと、山本君と視線で会話をしてしまったのは致し方のないことだった。