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「哲、これだけは心していて」

恭さんがそう言われたのは、十年前の静玖さんがこの時代にやってきた時だ。
恭さんが鋭い視線をさらに鋭くさせ、空を見る。

「もう二度と、何があってもミルフィオーレに静玖を渡さないと」
「恭さん」
「いや、アレ自ら出向いたのなら仕方ないかな。でも、もしアレ───静玖の意志が伴わないのなら、それはもう許してはならない」


ぴり、と空気にヒビが入る。
それだけ恭さんは、静玖さんが自らの意志を持ってミルフィオーレに行ってしまった件に拘っているんだろう。
静玖さんが恭さんを選んで、最後の挨拶の相手にしたことこそが、今、彼を奮い立たせている。

「この時代の静玖ならまだ良い。自分の炎の希少性も、特異性も、全部全部理解しているからね。いや、それだけの時間を彼女は過ごして来たとも言うべきかな」
「はぁ、確かに」
「だけど今の静玖は違う。特異性も何一つ理解していない。そんな状態で敵に渡すなんて愚でしかない」
「………静玖さんは、良くも悪くも純粋ですからね」


今現在、静玖さんと関わってみてよくわかる。
彼女は自身が『雪』で在ることをわかっているけれど、その本質を全く理解していない。理解するだけの、環境に居なかった。
それこそが、今の恭さんの悩みだ。

「今のあの子がミルフィオーレの手に落ちれば、よくわからないままに、相手の望むままにソレに応えるだろうね。………深く考えることをしない子だから」
「恭さん………」
「だから、あの子がミルフィオーレに渡らないよう心してくれる?」
「───はい」


あの時確かに、恭さんに誓ったのだ。
それなのに、この状況はなんだ。
なんで静玖さんが、あの幻騎士の腕の中にいる………!!
恭さんは私を中坊と勘違いするし、匣の戦い方は知らない。
───それでも、
ぼうっと湧き上がる紫色の炎。
雲雀恭弥の破格の波動を受けてもなお砕けることなく炎を灯すランクAオーバーのボンゴレリングも凄まじい。
幻騎士の腕の中で、ぽかん、と口を開けて驚いている静玖さんを見て、少し気が休まる。

「恭さん、匣です。足元の匣(ハコ)に炎を注入してください!!」
「………いつから命令するようになったんだい? 草壁哲矢。やっぱり君から咬み殺そう」
「雲雀先輩?!」
「お待ちください、委員長!」

そうだ、『今』の恭さんは『委員長』だ!
今と同じ様な対応ではこちらに牙を向くのは当たり前だっ。
ちゃき、と構えられたトンファーに、焦って恭さんに声を掛ける。
それは静玖さんも同じだったようで、その声を聞いて恭さんがちらりと静玖さんを見た。

「雲の人、後ろ!」

クロームさんの声に瞬時に反応をした恭さんが、幻騎士の攻撃を炎で弾く。
倒れてしまったクロームさんに駆け寄る間に、幻騎士が要らないことを口走ってくれた。
恭さんの炎がさらに大きく膨れ上がる。

「跳ね馬が言ってた通りだ。リングの炎を大きくするのは───ムカツキ」
「違ぁあう!!」

思ったことを口にしてつっこんだのは珍しく静玖さんだった。
もうやだ、ディーノさんったら何を教えてるの、と言いながら頭を抱える静玖さんは、思ったよりも元気なようだ。
そこは助かった。
突っ込む余裕があるのなら、助けられる可能性もある。

「副委員長、やはり先に剣士の彼を倒すよ。君の言うことを信じよう」

そう言って恭さんが手にしたのはオリジナルの雲ハリネズミの匣だった。
あれだけの、あまりにも膨大な炎が注入されたのは見たことがない。
かっと光って匣が開いた。
どしゃ、と恭さんの足元に雲ハリネズミが落ちる。

「あ………」

小さく声を漏らしたのは静玖さんだった。
雲ハリネズミを見れば、元気さも何もない。立ち上がれないのか、ぺたんの地に腹を付けている。
まさか、あまりの量の炎に、消化不良を起こしている………?!
ヒバードを頭に乗せた恭さんがすっと膝を付いて手を差し出した。
主の匂いがわかるのか、雲ハリネズミが顔を上げた瞬間、固い背の針がぶしゅりと恭さんの手を貫く。

「キュウゥゥ………」

ふるふると雲ハリネズミが震えた。
瞬く間にアーマーを背負った雲ハリネズミが増殖していく。

「こ、これは………!」

暴走による超増殖。
そのお陰で静玖さんが見えなくなってしまう。
敵も味方もないその暴走に、なす術なく呆けてしまった。












しゃっと鞘から剣を抜いた音がした、と思ったらくるりと身体を反転させられて肩に担がれる。
それから爆音が聞こえて、助けられたのだとわかった。
だけど喜べない。私を『手土産』なんて称した彼は、『敵』だ。
なんとかして逃げないと………!
山本君もラルさんも獄寺君も了平先輩も、みんなみんな満身創痍。
凪ちゃんも辛そうだった。それに、小さい子達も居た。
後、雲雀先輩の肩にリコリスを預けっぱなし。それは頂けない。あの子は私だけのじゃない。フィーのものでもある。
どうしよう、どうしたら───!!

「わっ!」
「っ!」

雲ハリネズミの針が伸びてくる。
あまりの恐怖に男の人の身体を押したら自分の身体がそのまま地にどすん、と落ちた。
そして私と男の人の少ない隙間を縫って針が複数伸びてくる。
───今だっ。
偶然なのか、雲ハリネズミが暴れる中気を回してくれたのか、わからない。
だけど今じゃなきゃ、いけない。
袴を翻して走る。
針に触らないよう気を付けながら走って、針の隙間から雲雀先輩の学ランが見えた。

「雲雀先輩!」
「! 柚木静玖、君」
「先輩、みんなは大丈夫ですか?!」
「静玖さん、こちらは逃げ道がありそうです。そちらは?」
「わ、わかんないです。でも、この子をこのままには出来ないし………。逃げながら匣探してみます!」

針越しに草壁先輩とも話す。
きっとこの子───雲ハリネズミは雲雀先輩が大好きなんだろう。
だから、雲雀先輩を刺してしまって、泣いてるんだ。
そんな子をこのままには出来ない。

「凪ちゃ───くーちゃんのこと、頼みます、草壁先輩。雲雀先輩、リコリスのこと、宜しくお願いします」
「静玖さん?!」
「───わかった」

苦々しい雲雀先輩や草壁先輩の声を聞いて歩き出す。
雲ハリネズミの匣を探せば、この惨状はどうにかなるはず。
ぽわ、と静かにリングに炎が灯る。………うん、大丈夫。
針を避けながら………否、針が私を勝手に避けていくので、案外早くに匣が見つかった。
………………さて、どうしよう。

「考えてなかった………………」

思わず顔に手を当てる。
どうしよう、これ。どうしたら収まるんだろう。
………た、試しに炎、注入してみようかな。
ちょっと興味があったんだよね。
でも、私用に匣なんてないし………。
だ、誰も見てないから良いよね?

「えい」

ぼう、と今までで一番大きく炎を出して、そっと匣にリングを添える。
私の炎を吸った匣はぱかっと口を開けて、暴走していた雲ハリネズミをその中へとしまった。
………お、収まった………?
でも仕組みがわからない。今度草壁先輩にでも聞こう。
そう思ったらくらりと身体が傾げた。
支える術がないのでそのまま床に座り込んで、深いため息を吐く。
たった少し炎を注入しただけでこれだ。あの男の人が言ってたことは事実かもしれない。
───『雪』の炎は身体に負担が掛かる。
なんてことだろう、と思う。
………とにかく、このまま座っている場合じゃない。
立ち上がろうとしたら、首の裏に硬い物が押し付けられた。

「柚木静玖ですね? 我々とともに来てもらいます」

ぱぁあん、と日常では聞かない銃声に、私は意識を奪われたのだった。



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