「名前ちゃん」


そう呼ばれるのが好きだった
‥‥少し前までは




教室から見える中庭を窓辺から頬杖つきながら眺めていた。


『欲深いのも考えものだな‥』

「何にです?」

『わぁ!こ、光子郎くん!』


独り言のように呟いた言葉は、幼馴染で同級生である光子郎くんに拾われてしまった。

突然うしろからにょきっと顔を覗かせて登場するもんだから余計心臓に悪い。


『びっくりした‥急に現れないでよ〜』

「すみません。で、何に欲深いんです?」

『蒸し返さなくて良いのですよ』


光子郎くんはさっきまで私が見ていた方向を見ると「あぁ、なるほど」とわかったようで意地悪に笑った。


「名前さんも女の子なんですもんね。」

『光子郎くんって意地悪だよね。』

「普通ですよ。‥あ、名前さん、ほら。」


光子郎くんは肩を叩いてさっきまで見ていた方向を指指した。言われるがまま顔を向けると、中庭にいたヤマトさんと空さんがこちらに向かって手を振っている。

気づかれてしまった、とぎこちない顔で手を振り返した。


「気になるんですか?2人が‥‥ではなくヤマトさんが」

『ホント意地悪』

「まぁまぁ、でも気にする必要ありますか?片想いなら兎も角、もう付き合ってるわけですし、名前さんとヤマトさん。」

『そうなんだけど‥付き合う前より欲は増えてしまうんです〜。学年は違うし、ヤマトさんバンドあって一緒の時間あんま取れないし‥そりゃメールはしてるけど‥‥空さんみたく気軽に会いに行けないし‥それに‥‥』


それに、から続く言葉を言う前にハッとしてのみ込んだ。

何光子郎くんにこんなドロドロした心境を言っちゃってるんだろ!


「それに?」

『何でもない!今のナシ!』

「今さら言っても聞いちゃったんでナシには出来ないですよ。でも、その気持ちを僕が聞くのも違いますね。本人に言えばいいのに。」

『言えたら悩んでいません!』

「それもそうですね。僕は恋愛に関しては無知なので相談にはのれそうには無いですし。溜め込みだけは気をつけて下さい。」

『うん。』


光子郎くんはそう言って席に戻って行った。ヤマトさん達がいる方を見ればそこにはもう居なくてちょとがっくりした。



小学生の頃デジタルワールドへ行き、一緒に旅をしてからこれまで学年を超え仲良くしていた私達。でも成長して中学生になったら上下関係とかまわりの視線とか、色々気になる年頃。

それこそヤマトさんへの憧れだった気持ちはいつのまにか恋愛感情へと成長してしまった。中学2年になった頃やっとのことで告白してOKを貰ったのはまだ記憶に新しい。

嬉しいけど不安もつきものだ。


『もやもやして嫌になる。』






放課後、委員会の仕事をしてカバンを取りに行き玄関に向かう。生徒は部活動をしてる人くらいしかいなくて私のように帰宅部の生徒はほとんどいなかった。


委員会さえなかったら友達と帰れたのに‥


寂しくひとりで帰るなんて、とうなだれつつ外履きに履き替え歩きだした。


「名前ちゃん」


名前を呼ばれたので振り向くと下駄箱を背もたれにして座っているヤマトさんがいた。


『ヤマトさん?どうしたんですか?今日バンドの練習日じゃなかったですか?』

「あ、うん。予定ずれてさせっかく時間空いたから一緒に帰ろうと名前ちゃん待ってた。」

『本当ですか!嬉しい!』


素直に喜べばヤマトさんは照れたように行こう、と歩き出した。

『でも、私がまだ学校にいるってわかってたんですか?』

「メールしたけど返事返って来なかったから教室行ったら光子郎に会って聞いた。」

『え!ごめんなさい‥教室まで来てもらっちゃってたなんて‥』


慌てて携帯を開けば確かにメールがきていて申し訳なくなる。
しょぼんとしているとヤマトさんは少し笑い、ちょとそこの公園で話していかない?とお誘いを頂いたので喜んで了承した。

公園のベンチに腰を下ろす。遊具で遊ぶ子どもの声が響くなか私達は沈黙が続いていた。


「‥‥」
『‥‥』


何だろ、どうすればいいんだろこの沈黙‥
それに‥若干ヤマトさんむすっとしてない?気のせい?


『あの〜ヤマトさん?何か‥怒ってますか?』

「え?怒って、ない、と思う‥」


直球に質問すれば何とも言えない答えが返ってきた。怒ってないと思う‥ってどういうこと!


「いや、怒ってはないけど‥」

『‥‥けど?』

「んぁああ!!」


ベンチに座ってから膝に腕を置き両手を握って下を向いたままのヤマトさんの顔を軽く望みこむように聞き返すといきなり叫び髪をぐしゃぐしゃにかき回した。いきなりのことにびっくりしてるとヤマトさんは顔を上げ私に向き直った。


「あのさ!光子郎から聞いた。名前ちゃんが悩んでるって。俺との事で。」


直球すぎる言葉に今度は私が叫びたくなった。顔がカァーと熱くなる。

まって、光子郎くん!ナシって言った!じゃなくて、どこまで‥なにを話したの!?


『あの‥そのっ!違くて‥』

「ごめん。不満な思いさせてて‥‥何かあるなら言って欲しい。俺気づいてやれないからさ‥」

『あの!違うんです!不満とかじゃなくて‥ただ!ただ‥』


何を言われたかわかんないし、突然のことで恥ずかしくて顔を両手で覆った。光子郎くんに言っていた言葉を口にするのも恥ずかしい。

それなのにヤマトさんは「ただ?」と聞き返してくる。


『‥不満とかじゃ、ないんです‥。ただの、自分勝手な欲張り、なんです‥』

「欲張り?」

『ヤマトさんとは学年違うから気楽に会いに行けないとか、バンドでやっぱりかっこいいからモテてるのとか‥‥私は前から知っていたのになって‥チヤホヤして欲しくないなって‥』

「それ欲張りと言うより嫉妬じゃない?」

『うっ‥嫉妬もしてますよ、そりゃあ‥』

「他には?」

『‥‥空さんずるいなって』

「空?何でいきなり?』

『それです‥空さんは"空"なのに私は"名前ちゃん"‥同級生だから仕方ないってわかっているんですよ!でも‥ずるいなって、私も呼んで欲しいなって‥思って‥しまって‥‥。ごめんなさい、だんだん欲張りになってしまって、こんなドロドロした気持ち言うつもり無かったんです‥!』


全部言い切っりさっきまでのが比にならない程顔が熱くなった。

こんなの言ったらおわりだ‥めんどくさいだけだもん!

ヤマトさんは少し間を空けるといきなり笑いだした。


『ひどい‥』

「あははっ!ははっはぁっ‥ごめんごめん‥‥。でもそんな事だと思ってなかったからさ」

『そんな事ですみません!』

「悪いけど、俺も変わんないよ。」

『え?』

「俺だって、むしろ俺の方が欲すげー深いよ。例えば光子郎とあまり近づき過ぎないで欲しいとか笑いかけないで欲しいとか、光子郎には気楽に話してんのに俺には他人行儀なのとか‥‥幼馴染なのはわかってるけど、悩んでるとか何で光子郎にいわれなきゃなんねぇんだって思ったし。」


うん、ほぼ光子郎くんに対してなんですけど‥


「手だって繋いでいたいし、メールだけじゃなくて、声だって聞きたい。それに初めては全部欲しい。」
『ヤマトさん‥‥恥ずかしくて仕方ないのでもういいです!』
「たぶん紳士でもない。ただの男だからな。今まで"名前ちゃん"って呼んでセーブしてたけど…辞めた。あんなかわいいこと言われたら、なぁ?」
『えっと…ほどほどに』


ちょっと状況について行けず戸惑いを隠せないなかヤマトさんは終始笑顔だ。


「言ったろ。俺の方が欲はかなり深いって。正直不満あるって聞いてたから、告白無かったことにとか、そんな話だったらどうしようかと思ってたんだよな。」

『ヤマトさん?』

「思ってる以上に名前ちゃんの‥‥名前のこと好きだから。先に告白されたのは予想外だったけど‥。とりあえず幼馴染の仲間に嫉妬するくらい好きだってこと。」

『私も大好き、です』

「欲は全部言える限りは言って欲しい。叶えてやれないものもあるかもしれないけどちゃんと知っておきたい。」

『はい!私もです!』

「じゃあ、手繋いで帰るか」


ヤマトさんは私に左手を差し出したので私は『はい』と答え右手でしっかり握り歩き出した。








おまけー−−−−−−−−−−−−−−−


「俺も敬語ナシで名前で呼んで欲しいんだけど。」
『呼んでます‥るよ?ヤマトさんって』
「その"さん"がいらないってこと」
『!?無理無理無理!まだハードルが高いで‥高いよ!徐々に!徐々にお願いします‥です』
「2週間待つ」
『短い!』











(ぐだぐだ、がたがた、ヤマト行方不明な件、すみません!)
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