映画の上映時間はエンドロール込みで113分。
その間澄花はスクリーンに映る、派手なジャージ姿で日本刀を振り回す西洋の女に釘付けになっていた。
平日の真昼間でR18指定のリバイバル上映ということもあり、客は俺たち以外に定年で暇を持て余した爺さん一人、上映前の予告でコメンテーターを気取りでペチャクチャと蘊蓄を語っていた二人組の中年映画マニアと合わせて三人。公開された当時はかなりの話題作で連日満席、立ち見もあったという。

「公開時のことを考えると、今のこのお客さんの数はありえないです」
「日本映画だけじゃなくて、他のアジア諸国の映画のオマージュも沢山あるんですよ」
「甚爾さんも気にいると思います」

聞いてもいないのに座席についた瞬間えらく興奮した様子で饒舌に喋り始めた澄花は最後にそう付け加えた。
だが使い古された鉄板ネタに派手な演出、役者の大袈裟な芝居に開始早々すぐに飽きた俺は半分以上眠りこけてしまった。元々大して映画好きでもない。映画館に行くこと自体久しぶりで、前の座席に無造作に足を乗せていると「甚爾さん!」と澄花に注意されるほど基本的なマナーも忘れているレベル(覚えていてたとしても守る気はサラサラないが)。そんな俺に女子高生の隣でB級映画を真面目に鑑賞するなんぞ到底無理な話だ。
 内容は殆ど理解できなかったが、たまに目を覚ますと、毎回薄暗闇でもわかるほど興奮で顔を上気させた澄花の横顔が見えた。

一度、たかが映画で何でそこまでのめり込めるんだよ、と耳元でからかってやろうかと思ったが、途中でやめた。さっきの連中みたいにこいつの怒りを買ってあの術式を使われでもしたら、さすがの俺でもただでは済まないだろう。
これが主な理由だが、それとは別に無邪気に感情を露わにしている澄花を見ているとそんなくだらない嫌がらせを企んでいる自分が段々馬鹿馬鹿しくなってきたせいでもある。こんな乳臭いガキをからかったところで何一つ面白くねぇ。

「ははは!」

突然澄花が声を上げて笑った。こいつが年相応に笑うのを見たのは今日初めてのことで思わずぎょっとした。
一体何が面白いんだ?となんとなく興味を引かれてスクリーンに視線を向けると、ちょうど敵役の女の頭部が刀で斬り落とされているシーンが目に飛び込んできた。当たり前だが、他の客は誰一人笑っていない。それでも澄花はけらけらと壊れた人形のように笑い続ける。
しっとりとした音楽と澄花の笑い声があまりにもちくはぐで、耐えかねた映画マニアの一人がわざとらしく咳払いをすると、ようやく笑い止んだ――が、拳に口を押し当てて笑いを堪えているのに必死なのが伝わってきた。

隣で肩を震わせている澄花見て、やっぱりこいつは俺みたいに対人間向きの仕事が合うだろうなと確信した。

そう、例えば呪術師殺しとか。

少なくとも普通の人間みたいな生活は送れないだろう。
その術式も、本人の人格も、女子高生には向いていない。



「GO GOだね」
「うるせぇ」

たっぷりエンドロールまで付き合わされ、劇場から外に出るまでの間、澄花はずっとこの調子だった。キャラクターの口真似をしてみたり、やれあのシーンが最高だったの、やれどこそこのシーンはあの映画のオマージュだのなんだの、俺が黙っていてもお構いなしに喋り続ける。

「満足か?」
「はい!おかげさまで」
「そりゃよかったな」

まあ、機嫌を損ねるよりましか。本人は気がついていないが、こいつは気に入らないことがあるといつもの作り笑いが消えて、これ見よがしに自分の髪を引っ張ったり、指のささむけを引っ掻いたりするきらいがある。まるで自分に歯向かってきた連中にどうやって制裁を加えてやろうか企んでいるみたいに。

こいつが人間らしいところを見せるのは怒りを感じている時だけだ。それ以外にも感情はあるのかもしれないが、俺にはこのガキが泣いたり、何かに怯えたりする姿が想像できない。

「昔家族でこの映画を観たことがあるんです。映画館に行ったのも、家族三人でどこかに行ったこともその時が初めてで……」
「なんだ、オマエ、寂しかったのか」

何気なしにそう言うと澄花は目を丸くして俺を見上げた。その時、ふいにまるで鏡を見ているような気分になった。血も繋がっていないのにこいつはどこか俺に似ている。正確には昔の俺と今の俺が半分ずつ混じっているような。

ハッ、くっだらねぇ。

馬鹿馬鹿しい考えを振り払い、目を細めながらその間抜けな顔を睨みつける。

「あ?なんだよ」
「いえ…なんていうか、他人にはそういう風に見えるんだなって思ってびっくりしちゃって」
「あからさまなんだよ、オマエ。ちょっと考えりゃ猿でも分かる」

そう言ってもまだピンときていない澄花にため息混じりに説明する。

「死ぬかもとギャーギャー騒いでいた奴が脳震盪を起こしてるのに病院じゃなく映画館に行きたいって言い出したんだ。しかも最近公開された映画には見向きもせず旧作をわざわざ選んだ時点でおかしいだろ。名作つったってDVDでも観れるってのに」

最初は作品の熱狂的なファンだと思ったが、こいつが前のめりになっていたのは殺戮シーンだけ。監督の名前を聞いてもきょとんとしていた。さっきまであれだけ映画の蘊蓄をぺちゃくちゃ喋っていたのが嘘のように。
それにあの親の話ときたら心理学をかじっていない素人でも大体察しがつく、と付け加える。

「オマエはこの映画のファンじゃねえ。この映画を観た時の思い出を引きずってるだけだ」

氷が溶けて味が薄くなったコーラをストローで飲み干すと出口の近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。
ついでに澄花が持っていたポップコーンの紙カップを捨ててやろうと手を出したが、何かを考えているのか、じっとカスしか残っていないカップの底を見つめ続けていた。

「確かに、甚爾さんの言う通りかも」

暫くしてぽつりと澄花は言った。映画館を出て五分、所在なくだらだらと歩いている時だった。空のポップコーンのカップを魔除けか何かのようにまだ抱えていた。

「でも寂しいわけじゃない。ちょっとした過去の清算みたいなものです」
「あっそ」

どうだっていい。こいつがどんな悲しい過去を背負っていようが、俺には関係ない。あと数十時間後には仕事も終わる。澄花とも二度と会うことはないだろう。

それなのに、

「甚爾さん」

名前を呼ばれ、そちらに視線を向けると澄花がいつもの作り笑いを浮かべていた。さっきまでのしおらしさはとっくに消えていた。

「明日ママの葬式なんです。喪服を買いに行くの、付き合ってくれませんか?」

どうせ二十四時間の付き合いだ。互いを知るつもりも、馴れ合う気もさらさらない。
それなのに、何故かこいつは俺に自分自身のことをもっと知って欲しがっていた。


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