「こうなるのは時間の問題だった」

煙草の煙をゆっくり吐き出しながら孔は溜息混じりにそう言った。肩には泥のついたスコップを担いでいて、いつも糊が効いた真っ白のシャツには汗が滲んでいる。さきほど澄花の父親の死体を敷地内にある裏の山に埋めてきたばかりだった。遺体は動物や虫の食料になり、長い年月をかけてやがて土に帰るだろう。人の死というのは葬儀だのなんだの大袈裟に騒ぎ立てられるが、面倒な手続きを無視すれば実際はこうもあっけないものなのだ。

「澄花は元から自分を顧みない父親を憎んでいた。母親の自殺がトリガーになったとは言え、父親をシンガポールから引き摺りだすためにいずれは母親も殺してただろうな。目的のためには手段を選ばないんだよ、あいつ」

誰かさんに似てるな?とからかうようにこちらに目を向ける孔を無視してさっきからずっと気になっていたことを口にした。

「何で俺をあいつの警護につかせた?事情を知ってたなら俺よりオマエの方が適任だろ」
「テストだよ。オマエなら私情を挟まず客観的にあいつが今後第二の術師殺しとして使えるかどうか見抜けると思ったし、何かあったとしてもプロとしてフォローできるだろ。向こうから持ちかけられたとはいえ、俺も十六のガキに実の父親を殺せるような根性はないと考えてたんだよ、はじめはな」
「あいつは生まれながらの殺し屋だよ」

と俺は鼻を鳴らした。

澄花は人を傷つけることに迷いがない。
ファミレスの時も、賞金狙いで襲いかかってきた連中に対しても、何の躊躇いもなく術式を発動させた。連中が血を流し、叫び声を上げている間、あいつは顔色一つ変えなかった。
今まで普通の生活を送ってきた女子高生が、だ。
自分の気に入らないことがあれば相手が誰であろうと容赦はしない―――例えそれが他人でも、そして血を分けた父親だったとしても。
あの男は術式を使われずに文字通り澄花の手で殺された。父親が座っていた場所からは書類机を挟んでそれなりの距離があったにも関わらず、見事その額には風穴がぽっかりと空いていた。なかなかやるじゃねえか、と感心したのも束の間、「お腹すいた…お寿司食べたい…」とぼやくその姿を見て肩透かしを食らった気分になったのは記憶に新しい。残虐な行動とは裏腹にまだまだ乳臭いガキに変わりはなかった。

あのろくでなしの父親は今頃あの世で家族を顧みなかったことを後悔してるだろうか。

「直情型で術式も発展途上な上粗削りな部分も目立つが、素質やセンスで言えばあいつは間違いなくこちら側だ。体術も射撃の腕も磨けばそれなりに形にはなるだろ」
「なんだよ、オマエが鍛えてくれるんじゃないのか?」
「はぁ?んなわけねぇだろ」
「金なら払うぞ。あの子が金の卵を産むガチョウで、その将来性にかける価値があるなら、出し惜しみはしない」

それに今回の件で澄花からたんまり謝礼金を貰って使い道に困ってたんだよ、と孔は苦笑いを浮かべたが結局はあいつを俺みたいな術師殺しに仕立てたいんだろう。仕事も増えるし、一人が使えなくなったとしてもスペアがある。それにあいつが父親の会社を継げば足がつきやすい裏金をクリーンな金に精算しやすくなるし、何か問題が起こった時には絶好の隠れ蓑になるはずだ。

裏山にいる俺たちから随分離れた場所で葬儀の参列者に挨拶をしている澄花を一瞥する。普通の人間の肉眼では、遠目でぼやけて分からないだろうが、俺にはあいつの表情がはっきりと見える。突然愛する母を失って途方にくれた女子高生。悲しげに眉を八の字にし、時々目にハンカチを当てている。涙なんか出たことないくせに。

プライドが高くて癇癪持ち、腹に一物抱えながらもそれを悟られないように常に作り笑い。
一日中そばにいてもこいつの中の何が真実なのか俺には検討もつかない。昨晩本人に直接聞いたところでは普通の女子高生はみんな気まぐれで沢山隠し事をしている、それが当たり前とのことだった。

俺はハァーとため息をついた。得体が知れない連中と働くことには慣れている。だが澄花のような術式と何をしでかすかわからない女子高生という組み合わせは最悪だ。

「今回の件で懲りた。俺にガキの世話は向いてねぇよ」
「よく言うよ、子持ちのくせに。それにあいつオマエのこと随分と気に入ってるみたいだぞ。シンガポールにいる時もひっきりなしにメールが入って…」
「あいつは俺じゃなくて理想の父親を求めてんだよ」

携帯のメールボックスにずらりと画面いっぱいに並ぶ澄花のメールを孔は見せようとしたが、俺は手を振って断った。その時たまたま表示されたメールが目に入ったが、そこには「甚爾さんとご飯食べてきたよ!しゃぶしゃぶ今度一緒に行こうね」という文言といつの間に撮ったのか、口を大きく開けてちょうど肉を食おうとしている俺の隠し撮りが添付されていた。

あのガキ、油断も隙もねぇな。

舌打ちして、麓にいる澄花を睨んでいるとふと目が合った気がした。
あいつは周りには見えないものが見えて、どんな些細な音も気配も見逃さない。俺と同じように。澄花もそのことに気がついているはずだ。

頭の中では俺も澄花と組んだ方が得だということくらい分かっている。だがあいつは自分を守ってくれる理想の父親像を俺に当て嵌めようとしている。そんなものに俺はなるつもりはないし、なりたくもないっていうのに。

すでに俺は勝手な理由で家族を見捨てた。血を分けた自分の息子を金と引き換えに売った。

むしろ娘に充分な衣食住と教育費を払っていた分、今は地面に埋まっているあの男の方がずっと父親らしい。
そんな、求めているものがまるで違う俺たちが、一緒にいてうまくいくはずがない。

「……まあ、いつかあいつが大人になったら一緒に組んでやってもいいぜ」
「それって何年後の話だよ」

あいつ見た目によらず精神年齢低いんだぞと文句を言う孔を無視して俺は葬儀の参加者に話しかけられ、そちらに気を取られた澄花の横顔をじっと見つめた。

遅かれ早かれきっとこいつとまた会うことになるだろう。

その時、澄花が敵になるのか味方になるのかは分からないが。

「今度会う時までには少しは大人になってろよ」

少なくとも癇癪持ちでファザコンの気がある高校生はもう卒業してくれ、と心から思った。
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