まるでバケツをひっくり返したような大雨だった。
一日中真っ黒な分厚い雲が空を覆い、ゴロゴロと不気味な音を立てながら稲妻がその中を駆け巡る。雷が鳴る度にクラスの女子たちが悲鳴を上げるので、男子が煩そうに顔を顰めて指で耳を塞いだり、静かな場所を求めて教室から退散していく姿を今日は嫌というほど目撃している。「うるせぇーよ」と文句を言ってもおかしくない状況なのにあえて沈黙を貫いているのは、ひとえに集団化した女子には敵わないと知っているからだろう。
あと半年はこのクラスで嫌でもやっていかなければならないのでたかが雷ごときで余計な歪みを作りたくないのだ―――ほんとに集団化した女って怖いものだから。ずっと共学だった彼らはとうの昔にそのことに気がついているのだ。

 一方で雷にもクラスの複雑な人間関係にも興味がない私はというと、窓を激しく叩きつける雨をぼんやりと眺めながら悠仁たちは今頃川の呪いを払っているのかなと考えていた。別の棟が遮っていて私の教室からは川がよく見えないので、あの四人が何をしているのか、そもそもそばまで来ているのか見当もつかなかった。
カバンの中からスマートフォンを取り出し、悠仁に“近くにいるの?”とメッセージを送るとすぐに既読になり“三時に着く予定”と返ってきた。
オッケー、と返信して私は親指をスクロールし、今日の時間割を確認する。音楽で移動教室だ。ありがたいことに音楽室は川に面していて席も自由なので窓辺に座ればみんなが呪いを払う様子を見ることができるかもしれない。
悪趣味だけど、あの女の子の最期に立ち会った者として、結末を見届けてあげなければならない気がした。彼女のこれからの人生を滅茶苦茶に破壊した罰を、その犯人は受けなければならない。そうでもしないと絶対にフェアじゃない。
復讐なんて無意味だって言う人もいるけど、同じ目に合っていない他人だからそんなことが言えるのだ。
少なくとももうこの世にいない彼女や残された遺族は気が晴れると思う。そう信じたい。




移動教室の時も私は相変わらず独りぼっちだった。同じ部活の子たちとは少しは仲良くなったものの、別のグループに入っていたり、違うクラスだったりして一緒に行動することはないままだ。
廊下を一人っきりで歩く私はまるで透明人間か幽霊みたい。窓ガラスに映る自分を見るたびにそう思う。
同級生の女の子たちにはいつも隣に誰かがいて、ひそひそ話をしたり楽しそうに大声で笑っているのに。
彼女たちが私に気がつくのはぶつかりそうになったり、先生に頼まれて仕方なくプリントを手渡す時だ。
やはりというか、私は悠仁がいないと孤独になる運命らしい。孤独には慣れているけどずっと耐えていけるほど強くはないのに。
 だけど兄妹だからといって悠仁にこれからずっと面倒を見て貰う訳にはいかないしな…。あいつにもあいつの人生があるし。
さてどうしようか、と同じクラスの女の子たちの後ろを歩きながら自分の老後のことについて考えを巡らせていると。

「へえ、虎杖悠仁の妹にしては随分と普通だな」

ふいに聞こえてきた声に、私の足は自然と止まる。
“それ”がいつからそこにいたのかは分からない。急に靄が消えたように突然目の前でそれは輪郭を帯び、人の形になっていった。
人の形といっても、その姿は異質だった。露出している顔や腕は継ぎ接ぎだらけ。長い髪は無造作に結んであり、声からして男だろうが、どことなく中性的な顔つきをしている。そして、モルグで見た死体、そして動物の死骸に群がるハゲワシや蛆虫を思い浮かばせるほど気味が悪い。
何よりも異常だったのは、こんな得体の知れない男が廊下のど真ん中に立っているのに誰も気にしていないところだ。雷に怯えていた同級生たちはまるでその姿が見えないようにお互い小突き合ったり、クスクス笑っていつも通り振る舞っている。
 私はすぐに目の前の男が宿儺と同じ存在だと気がついた。こいつも呪いだ。別物だけど宿儺と同じように何をしでかすか分からない不気味な雰囲気がある。

 窓に打ちつける雨が激しくなった。

「………」
「おーい、無視するなよ。俺のこと見えてるんだろ?」

一瞬動揺したことを悟られないように足早にそばを通り過ぎようとしたら腕をぐっと掴まれた。触れられた途端にゾッとするような悪寒が腕から身体中にかけて広がっていく。気持ち悪い。

「……私に触らないで」
「傷つくなぁ。俺なんかした?」

悲しげに眉を八の字にする呪いにわざとらしい、と心の中で舌打ちした。唇をぐっと噛み締めて相手を睨みつけるとそいつは「怒った顔は兄貴にそっくりだな」と愉快そうに笑った。どういうわけか、宿儺に感じた恐怖を男に対しては抱かなかった。その代わりに吐き気を催すような不快感が沸き起こってくる。

「周りを巻き込みたくなかったら俺についておいで。虎杖悠仁の妹なら、自分のせいで他人が傷つくのを見るのは嫌だろ?」

嫌だけど、あんたの思い通りになりたくない。
喉まででかかった言葉をぐっと飲み込んで私は頷く。

稲妻が光り、甲高い悲鳴が上がった。私を無視し続ける同級生たちが、いつものように私を置いてパタパタと廊下を走っていく。あと数分足らずで授業が始まる。

だけど私は彼女たちの後に続くことはない。
行き着く先はきっとあの女の子と同じ、ステンレス製の冷たい台の上。

自分の最後が少しずつ近づいてくる足音が聞こえて来る気がした。



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