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sure


何も感情を持ち合わせていないはずだった。

いつから、と聞かれてもずっと昔からとしか答えようがない。もしかすると生まれた時からだったのかもしれない。物心ついた頃には既に怒り以外の感情がすっぽり抜け落ちていた。

普通の社会だとこんな人間は社会不適合者だの、サイコパスだのレッテルを張られて爪弾きにされるだろうが、幸運にも私は天与呪縛のフィジカルギフテッド。罪悪感も感じないので、私みたいな人間にも呪術界は居場所を与えてくれた。

……いや、ちがう。呪術界はクソ。居場所を与えてくれたのは冥だ。美しくて、優しくて、おまけに強い、私の雇い主。

最初は雇用主と被用者というだけの関係だった。冥が相手をするに値しない呪いや呪詛師たちを私が処理する。ただそれだけ。
状況が一転したのは、祓い損ねた雑魚霊にふいを突かれ襲われたところを冥が助け出してくれた時だ。
それからというもの、私は冥に対し以前とは別の感情を抱くようになる。なにせ誰かに助けられたのはこれが初めての経験だった。私を裏切った連中を殺せば、あとには誰も残らないだろう。

そう、冥以外は。


「愛してる、冥」

目の前を歩く彼女の背中に向かって、思わずそう口走っていた。迸り出ていた。この思いを閉じ込めることなんて無理だ。

冥はぴたりと立ち止まり、私を振り返る。重たげな前髪から面白がるような眼差しが覗いていた。

「きみのそれは、愛ではないよ」

彼女は流れるような動きで私の目の前に立つと、優しく手の甲で頬を撫でた。ひんやりとした肌が心地いい。このまま時が止まってしまえばいいのに。

「きみには愛が分からない。そういう人間なんだよ」
「ううん、わかるよ。冥がそばにいると何かを感じる。怒りとは別の感情を」

私は自分の手を冥のそれに重ねた。彼女は表情を崩さない。むしろ楽しんでいるみたいだった。

「これが愛でないなら、何なの?」と私は尋ねる。こんなにもあなたを独り占めにして、ずっとそばにいたいと思っているのに。どうして冥は受け止めてくれないんだろう。

「さあね。私もその手のことには詳しくないから」

そう言うや否やふいに形のいい口元が悪戯っぽく弧を描いた。冗談や人を試す時、冥はいつもそんな笑みを浮かべる。

「もし死ねと命令したら、きみは私のために死んでくれるかい?」

その質問にイエスと答えたら、冥はこの感情を愛と認めてくれるだろうか。



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